素直な「謝罪」が場を盛り上げる
以前、ある経営者に社員向けのスピーチについて相談を受けました。その会社は一時、業績が落ち込み、他社からの買収話も持ち上がっていました。社内は動揺しましたが、社長は買収提案を断り、事業を立て直すことを決めました。そして全社員の前でスピーチをしました。社長はまず「申し訳なかった」と率直に謝罪して、「それでもついてきてくれてありがとう」と頭を下げました。それから次の目標に向かう決意とプランを掲げました。社員たちは社長を胴上げするほど盛り上がり、なかには涙を流した人もいました。
もし謝罪や感謝の言葉を口にせず、新たな目標だけを熱く語っていたら、社員はどう思ったでしょうか。いつも強気の社長が、非を認めて素直に謝ったからこそ心を動かされたのです。
しかし信頼のない上司がどんな言葉を投げかけても部下の心には届きません。アリストテレスは<説得の3原則>としてロゴス(論理)とパトス(情熱)、そしてエトス(信頼)を挙げています。ここで最も大切なのは、人徳や信頼を表すエトスです。
「どん欲であれ。愚か者であれ」
ジョブズは2005年のスピーチの最後をこの言葉で締め括りました。アップルを世界的な大企業に成長させたジョブズだからこそ説得力を持つ言葉でした。もし事業に失敗した経営者が大学生に「どん欲であれ。愚か者であれ」と話してもメッセージは届かないでしょう。
エトスに自信がなければ「借りる」という手はあります。ジョブズなど著名人のエピソードを紹介するのです。本人の体験談に比べると、効果は弱いですが、よく使われる手ですね。
論理的で情熱的なスピーチは、人の心を揺さぶります。けれど、それは絶対の条件ではありません。ふだんから部下と信頼関係を築き、伝えるべきメッセージを持っていれば、たとえ拙いスピーチでも、部下の心を掴むことができるはずです。