【為末】以前ネットで見かけて驚いたのが、「自分の周りは“全員”これを支持している、だから自分たちが正しい」という意見です。「自分の周り」が世間そのものだと本気で思っている人がいるんですよね。

【山口】日本にはディスカッション文化が根づいていないのも一因だと思います。批判に対して過敏に反応しないということも大事ですね。

【為末】最近は謝れば謝るほど、炎上が加速しやすくなる傾向がありますね。

【山口】「間違っていました」と認めることで、攻撃した側の正義感が正当化されてしまうと、あれもこれもとさらに攻撃をしかけたり、また別の人が正義感を満たしにやって来たりして、炎上加担者を助長してしまうんですよね。テレビ局の方に聞いた話ですが、上層部が炎上をとても恐れているそうです。中年以上の人って、視聴者から批判が直接来るということをそんなに経験していないんですよね。だから200件くらいのネガティブなコメントでも大慌てになってしまう。だって200回電話が鳴ったら大変なことですからね。

【為末】テレビは何百万人とか何千万人相手に放送していますからね。そのなかで200件というのはどういう数字かということですね。

われわれは「ネット炎上」とどう向き合うべきか

【為末】アメリカではここ数年、「ソーシャルメディアをやめる」と宣言するスポーツ選手が出始めています。オリンピック前の炎上なんて最悪ですから。日本でもイメージを保たなければいけない立場の人は、そもそもソーシャルメディアを利用しないか、利用してもbotのようにお知らせだけを投稿する傾向があるように思います。双方向でSNSをやるメリットがないんですよ。

【山口】他の人に見える形で批判され得るのがインターネットの特徴ですから、有名人ほど利用しない方がいいという理屈も成り立ちます。しかし一方で、例えばオバマ大統領もツイッターを利用していますよね。毎回投稿には世界から批判的なコメントがついていますが、それで支持率が落ちるかと言えばそんなことはないでしょう。

【為末】国によっても違いませんか。

【山口】日本以上に炎上が問題になっているのが韓国ですね。炎上した芸能人が自殺してしまうという事件もありました。それはもちろんインターネット先進国であるということの裏返しなのですが、そんな韓国では最近、炎上のときに安易に謝罪しない個人や企業が称賛される傾向にあります。つまり、批判してる人たちの方がちょっと変なんじゃないの、という空気になりつつある。

【為末】日本でもそういう空気は感じます。

【山口】東日本大震災のときは、芸能人が震災とは関係のない面白ネタをツイートをしようものなら寄ってたかって「お前今どういう状況か、わかってる?」と言われたりしていたのが、熊本地震のときは、「不謹慎狩り」をする人たちの方がおかしいのではないかと批判されたりもしていましたね。

【為末】インターネットの自浄作用が働いていきているのかな。

【山口】ドイツでも面白い取り組みが始っています。今年、ドイツのケルンで難民による強姦事件がありました。その後、ドイツ各地で難民による強姦事件が起きたというデマが流されたんです。外交問題にまで発展した非常に悪質なデマなのですが、その対策として、民間企業主導で、ネット上の情報がデマかどうかを確認できるプラットフォームが立ち上げられたんですね。マップにピンが立っていて、その事件についてクリックすると、デマである場合その証拠が表示されるんです。

【為末】それはいいですね。そういうものが必要になってくると思います。

【山口】日本では、ネット炎上という現象が起こり始めてまだ10年くらいです。この先何十年も続いていくであろうインターネットは、まだ黎明期なんですよ。空気感が変わっていけば、日本でも炎上の脅威というのはだんだん弱まっていくのではないかと思います。

【為末】ということは、やはり社会的な知名度がある立場の人は、今だからこそしっかり何かしらの発信をして、世の中に「どんどん発信していいんだよ」という空気感をつくり出す責任があるのでしょうね。

【山口】もちろん、本当に間違っていたらそれはすぐに取り下げたり、謝罪するべきですが、そうでなければちょっとぐらい炎上してもいいんじゃないでしょうか。

【為末】励ましのお言葉、ありがとうございます(笑)。

山口真一(やまぐち・しんいち)
1986年生まれ。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師。2010年慶應義塾大学経済学部卒、2015年同大学経済学研究科で博士号(経済学)を取得し、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教を経て、2016年より現職。専門は計量経済学。情報社会において新しく生まれた社会現象やビジネスモデルについて、定量的な考察をすることを主としている。「おはよう日本」(NHK)をはじめとして、テレビ・ラジオ番組にも多数出演。主な著作に、『ソーシャルゲームのビジネスモデル』(共著、勁草書房)、『ネット炎上の研究』(共著、勁草書房)などがある。
為末大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。陸上トラック種目世界大会で日本人初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2016年7月現在)。2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権で男子400メートルハードル銅メダル。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピック出場。2003年プロ転向。2012年引退。現在、自身が経営する株式会社侍、一般社団法人アスリートソサエティ、株式会社Xiborgなどを通じて幅広く活動。著書に『諦める力』『逃げる自由』(ともにプレジデント社)、『走りながら考える』(ダイヤモンド社)、『限界の正体』(SBクリエイティブ)など。

 

(朽木誠一郎=構成 西藤愛=撮影)
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