うつを和らげ、幸福感を高める特効薬
では、このアンケートで悲観主義が強いことがわかった人は、どうすれば、悲観主義から脱し、物事に対してもっとポジティブな見方をすることができるようになるのだろうか。セリグマン博士らが行った、きわめて簡単で効果の高い対処法を次に紹介しよう。
セリグマン博士らは、幸福のためのプログラムをインターネット上で公開して参加希望者を募り、応募者のなかの60名に“3つのよいこと(three good things)プログラム(*2)”に参加してもらった。
このプログラムは、驚くほど簡単なもので、毎日、就寝前に、その日にあったよいことを3つ書き出し、なぜそれが自分にとってよいことだったかの理由を書く。それを1週間続けるというものだったが、この簡単なことがうつの症状を激減させ、幸福感を高めることに卓効があった。
図表3は、このプログラムの実施直前(プレテスト)、終了直後(ポストテスト)、終了1週間後、1カ月後、3カ月後、および6カ月後に行ったうつ症状テストの結果を示し、また図表4は幸福感テストの結果を示したものである。プレテストでは、3つのよいこと組のうつスコアは、比較組(期間中、3つのよいこと組とはまったく違うことをした)とほとんど違いがないが、1週間のプログラムが終わったポストテストでは劇的に低下しており、その傾向は6カ月後まで持続している。
また図表4では、プログラム終了後、幸福感が確実に増加していることが示されている。これらのことは、このプログラムが、うつを緩和し、幸福感を増進することに卓効があったことを示すものであるが、なお、興味深いことには、参加者の約60%がプログラム終了6カ月後も自発的に3つのよいことを書き続けていた。このことは、このプログラムが実行しやすいものであることを示しているといえよう。
それにしても、こんな簡単なこと――その日にあったよいことを3つ、1週間、毎日書く――が、一体なぜ、うつの緩和や幸福感の増進にそれほど役立つのであろうか。実は、簡単そうに見える、このプログラムは、最近の精神医学における重要な変化を反映しているのである。
いやなことがあれば、それが直接、ネガティブな感情を起こさせる、つまり「いやな出来事→ネガティブな感情」と人々は長らく信じてきた。だが、ベック(Beck, A.T.(*3))によれば、いやな出来事が直接ネガティブな感情を起こさせるのではなく、その出来事の“認知”――その出来事の受け取り方――がネガティブな感情を起こさせるのであり、したがって、認知の仕方が変われば、ネガティブな感情も消える、という。つまりこの理論によれば、ある出来事が感情を喚起するプロセスは、「出来事→感情」ではなく「出来事→認知→感情」だというのである。