「安全保障上のヘソ」を突いたロシア艦

しかし、この久場島、大正島という2つの島は日中間の「領有権」をめぐる諍いがある場所に含まれているので、中国軍艦については接続水域航行を「問題なし」として見過ごすことはできない。

同時に、ここはきわめて微妙な性格をはらんだ存在なのだ。実は二つの島とも沖縄県施政権返還以前から米海空軍の射爆場であり、返還後は日米地位協定に基づく「提供施設」として米軍管理下にある。中国が「領有権」を主張する島々の中にある米軍の「足場」であり、実は1978年以来、射撃や空爆の標的にされる演習が実施されていないのに米側は「引き続き必要」として施政権のある日本に返還しないまま経過している。

米国は日中の諍いがある尖閣諸島について、「(日本の施政下にある以上)日米安保条約第5条の適用範囲にあるが、領有権の帰属については関与しない」とのスタンスだ。安保第5条「米国の対日防衛義務規定」で米軍が防衛する対象ということだが、この言い分は前述の事実をふまえればおかしな話だ。自国で「領有権の帰属」を明言できない他国=日本の領土を提供してもらって、米国が自国軍の管理下に置いていることになるからだ。

こうした微妙な性格をもつ島の間を、米国とは安全保障上のライバルともいえるロシアの軍艦がわざわざ通行したのである。そこに何かしらロシア側が含む意図があると考えるのが当然だ。同地はいわば日・米・中3国の「安全保障上のヘソ」であり、中国艦船が遊弋し日本側とにらみ合いを続ける下でこの場所を衝くような行動は、まことに“いやらしい”ものといわざるを得ない。当然、今回の騒ぎの中で、ロシア軍は日米の対応を跡付け、交信を傍受していたことは想像に難くない。

ロシア艦艇3隻は、8日午後9時50分、南から久場島~大正島間の接続水域に入ったが、その約20分前、接続水域北側でロシア艦艇接近を察知したと見られる中国海軍フリゲートが、警笛をならして接続水域に向かって直進していた。9日午前0時50分、中国フリゲート艦は久場島北東の接続水域に入り、その結果としてロシア艦艇を追尾するような動きを示した。