なぜ、わざわざ効率の悪いシステムをとるのか
働かないアリが一定割合存在すれば、当然、全員が働いている場合に比べて効率は悪くなるはずだ。次の問題は「アリのコロニーは、なぜ一見効率の悪そうなシステムになっているのか」ということだ。ここで長谷川氏らは、コンピュータシミュレーションを使ってこの謎を解くことにした。
コンピュータ上に、実際のアリのように、個体(バーチャルアリ)に反応閾値の差があって働かないアリがいるシステムと、反応閾値が一様で、皆が一斉に働くシステムをつくり出し、それぞれに仕事を与えてどちらのシステムが長持ちするのかを比較した。
結果、皆が一斉に働くシステムは、働かないアリがいるシステムに比べて、単位時間あたりの仕事処理量は多かったが、処理量にばらつきがあった。働かないアリのいるシステムのほうは、処理量は少ないが、常に一定の仕事が処理されていた。そして、仕事が処理されない時間があるとコロニーが絶滅すると仮定すると、働かないアリのいるシステムのほうがより長続きしたのだ。
なぜこんなことになるのか。長谷川氏は、「アリだって疲れる」「アリのコロニーには、一時も休めない仕事がある」ということに着目しながら、次のように説明する。
働き者と見なされているアリではあるが、彼らも筋肉で動く以上、働き続けていれば必ず疲れて動けなくなるときが来る。「皆が一斉に働きだすシステムでは、疲れるのも一斉になりやすい。これが仕事処理量のばらつきにつながっていたのです」(長谷川氏)。
一方でアリの世界には、一時でも休んでしまうと、コロニーに致命的なダメージを与えてしまう仕事が存在する。シロアリで確認されているのだが、卵を常になめ続けるという作業がそれだ。ものの30分も中断すると、卵にカビが生えて死んでしまう。働きアリの唾液には抗生物質が含まれており、それがカビの発生を抑えるという。
皆が一斉に働きだすシステムでは皆が一斉に仕事ができなくなり、コロニーに致命的なダメージを与えるリスクが高まってしまう。それが、皆が一斉に働くシステムが短命であることにつながっている。働き者が疲れたら、普段働いていないアリが仕事を肩代わりすることで、アリのコロニーはリスクをヘッジしているのだ。「コンピュータシミュレーションでも実際のアリの観察でも、よく働くアリが休んでいるときには、普段働いてないアリが働いていることが確認できました」(長谷川氏)。こうした研究成果は、「働かないワーカーは社会性昆虫のコロニーの長期的存続に必須である」という論文にまとめられ、今年2月に科学雑誌に公表された。
「働かないアリ」という、一見、短期的効率からは無駄に見えるものに、実は存在意義があることを明らかにした長谷川氏らの研究だが、こうした事例はほかにも挙げられるという。