人口減の日本市場「宝の山」に変える

前述したように、九州には固有の味を持つ醤油や味噌の製造業者が多く、地場のスーパーも少なくない。だから「九州は1つではなく、1つ1つだ」と唱え、自社製品を使った料理の提案も、地域ごとに考えさせた。一律の商品、一律の売り方ではなく、工夫して市場を深く掘る。それを一緒に実践していくことで、部下たちに「なるほど」と得心させる。「いりこだし」を各地の味噌と組み合わせて販売したのも、その一例だ。

「念頭寛厚的、如春風煦育、萬物遭之而生」(念頭の寛厚なる的は春風の煦育するが如く、萬物これに遭うて生ず)――心がひろく温厚なことは、春風がやわらかに草木を温め育てるようなもので、あらゆるものがこれに触れて育っていく、との意味だ。中国・明の洪自誠の処世の書『菜根譚』にある言葉で、人を育てるには厳しい道を歩ませるだけでなく、自ら発芽し、自ら伸びていくようにやわらかに接することも大事、と説く。「誕生日会」などでみせた横山流の接し方は、この教えに通じる。

2013年6月、味の素の専務から味の素ゼネラルフーヅ(AGF)の社長へ転じた。米企業との合弁会社で、主力商品は各種のコーヒーだ。早速、各部門や工場、取引先やコーヒー豆の生産地などを回る。実情を勉強するためだけではない。ここでも「もっと、深掘りできるはず」との読みがあった。だから、全社に呼びかけた。「お客さまの変化を的確に捉え、変化対応力にさらに磨きをかけ、掘って、掘って掘りまくれば、日本の市場は宝の山だ」

昨年1年間の日本のコーヒー豆の消費量は46万トン余りで世界4位。人口減の時代に入って先細りになるとの見方もあったが、この3年、過去最高を更新し続けている。とくに、力を入れている1人分に分けたスティックと、個々にドリップして味わう「サードウエーブ」などが順調に伸びた。拡大を続けるコンビニ店頭での淹れ立てコーヒーでも、主婦の購買が増えた。読みは、当たった。

課題は、消費量が少ない18歳から24歳への食い込みと、他社にない技術力の発揮。若い層への訴求には、味の素で福岡時代に実現した独自キャンペーンの再来に、期待する。だから、AGFでも「春風煦育」は忘れない。

技術力での差別化は、味の素との連携がカギとなる。味の素は昨年4月、米社が持つAGFの株式50%分を買い取り、完全子会社化した。合弁時代は、味の素との技術交流や海外展開はできない取り決めだったが、可能になった。味の素は「味」の領域の技術に強く、AGFは「香り」に自信がある。合体すればより強力になることは確実で、技術者の交流を進めている。海外事業も、味の素はコーヒーをブラジルやタイなど5カ国で展開しており、まずはそこにAGFも参戦する。

国内での若者層への浸透、コンビニコーヒーでの次なる差別化、そして海外市場での味の素との協業。深掘りすべきテーマは、尽きない。でも、掘り続ける。AGFの社員は1000人を超え、味の素での福岡時代の10倍を超える部下がいる。「春風煦育」には、終わりはない。

味の素ゼネラルフーヅ社長 横山敬一(よこやま・けいいち)
1950年、福岡県生まれ。74年早稲田大学政治経済学部卒業、味の素入社。2001年取締役、05年常務執行役員、09年取締役専務執行役員。13年より現職。
(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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