日本の商品を海外に売り込むにはどうすればいいのか。インド味の素社でマーケティング部長を務めていた濱野勝男さんは、味の素に合う地元の料理を探すため、1日3食インド料理を食べ続け、味の素を振りかけた。そして、あるスープとの相性の良さを発見したという――。

※本稿は、黒木亮『地球行商人 味の素グリーンベレー』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
※本稿は、2009年の話です。登場人物の肩書は当時のものとなります。

味の素に合う地元の料理を探し続ける日々

約3カ月後――

濵野(※)はいつものように、炎暑の中、営業マンたちの行商に同行した。気候は、4、5月の「ホッテスト」から「ホッター」になったが、日中の気温は軽く35度くらいになる。

※濵野勝男氏:2003年に設立されたインド味の素社のマーケティング部長

チェンナイ市内の鶏屋で濵野勝男氏
写真=濵野氏提供
チェンナイ市内の鶏屋で濵野勝男氏

午前中の行商が終わると、濵野はいつものように営業マン2人と町の食堂に昼食に出向く。

その日の食事は南インドの定食、「ミールス」だった。

表通りからバイクの音がやかましく聞こえる店に3人で入り、テーブルにつくと、皿代わりの大きなバナナの葉と、水が入ったステンレスの筒が各人の前に置かれ、食事に使う右手を水で洗う。スプーンやフォークはない。

ウェイターがやって来て、2リットル缶サイズのステンレスの容器で何種類かのカレーを持って来た。緑豆のカレー「ダールタルカ」、豆と野菜のスパイシーなカレー「サンバール」、冬瓜、ヨーグルト、ココナッツのカレー「プリセリ」、カボチャと豆のココナッツミルク煮「オーラン」など、ベジタリアン料理だ。

濵野らは「それは何?」「そっちをくれ」などといいながら、好みのカレーをバナナの葉の上に盛ってもらう。

続いて、炊いたロンググレイン米や豆粉を薄いせんべいのように焼いたパパダムが運ばれて来た。

(ダールやサンバールは、駄目だったしなあ……)

濵野は手づかみで食事をしながら思案する。

味の素に合う地元の料理を探すため、しばらく前から食事の際には必ず味の素を振りかけるようにしていた。

しかし、1日3食インド料理を食べ続けても、入れてもあまり変わらなかったり、入れないほうが美味しいと感じることもあったりして、これといった料理はまだ見つかっていない。

南インドの人々が毎日のように食べる「ラッサム」

味の素の販売のほうも、昨年は倍増したが、今年に入って伸び悩み、濱野は「みんな頑張っているのに、なぜ伸びないんだろう?」「取扱店も増えて、考えられる販売はすべてやって、気合と根性と忍耐で頑張っているのに」と悩んでいた。

テーブルに、赤茶色のスープがステンレスの器で運ばれて来た。

タマリンドやトマトを黒コショウやニンニクで味付けして煮た「ラッサム」というスープだった。

爽やかな酸味が特徴で、南インドの人々は毎日のように、ご飯の上にかけて食べる。

(ラッサムか……これはまだ試してなかったな)

濵野は、ラッサムを少し飲んでから、インドの小売でメインになっている2.5グラムの味の素の小袋を取り出し、振りかけて指でかき混ぜた。

(ん⁉ なんか美味い!)

一口飲んで、驚いた。

味が信じられないほどまろやかになり、うま味も際立っていた。

(これ、味の素に合うんじゃないか……⁉)