権限委譲は意志決定の迅速化と業務の効率化
社長就任以来、チームホンダを合言葉に社内の結束を呼びかけた八郷氏。しかし、その思いとは裏腹に、社内の厭戦気分は悪化するばかりである。役員人事発表と前後して、ホンダ社内に、社員を対象とするクルマの特別販売のチラシが回った。ステーションワゴンの「ジェイド」が33%引き、軽自動車の「N BOXスラッシュ」が30%引きという大盤振る舞いの数字が踊っていたという。
「ジェイドは安全装備が充実したトップグレードで292万円ですが。33%引きだと200万円を切る値段で買える。N BOXスラッシュの3割引きもすごい。軽自動車は利幅が薄く、従販(社員販売)でも普通は1割引きです。それだけ値引きしているのに、タイトルは“ご協力のお願い”。こんなの初めて見ましたよ」(ホンダ関係者)
伊東政権時代、ホンダは世界販売を5年で2倍に引き上げるという強気な拡大戦略を打ち出していた。ホンダの開発力にその計画はあまりにも過大で、新商品不足を補うために売れる見込みの薄いモデルを日本に逐次投入。その結果、販売台数は伸びなかったばかりでなく、不人気モデルを抱えてイメージ的にもコスト的にも四苦八苦するという事態を招いた。ホンダ車を普通に買っている顧客が聞いたら激怒しそうな3割引きの社内販売をせざるを得なくなったのは、そのなれの果てと言える。
その沈滞ムードを変える最大の特効薬は、商品の売れ行きが劇的に向上して勢いを取り戻すことなのだが、クルマのように開発期間が長くかかる商品の場合、すぐに結果を出すことは困難だ。業績が上向かない中で社内のモチベーションを上げていくには、企業統治の悪いところを直し、雰囲気を明るくしていくしかない。
今回の役員人事で役員の平均年齢は下がり、形のうえでは若さへと向かっていると言える。ホンダにとって大きな課題となっているのは、役員クラスの人材の能力もさることながら、その下のレイヤー、すなわち部課長クラスに大きな権限が与えられすぎており、それゆえに“人治主義”がはびこっているためだという声が社内から少なからず漏れ聞こえてきている。
「ホンダは経営危機に陥ったり、その後急に発展したりということを繰り返しながらここまでやってきた。その結果、社員の年齢分布がきわめてアンバランスで、管理職を務めるような年次の人材が余ってしまった。本田技術研究所など、研究所だけでそれを吸収できず、余った管理職人材を他部門に配置転換したことがあるのですが、まったく門外漢の部署にやられてもいい仕事ができるわけがない。にもかかわらず、管理職意識は非常に強いですから、自分の思い込みであれこれと余計なことをする。その結果、パワハラで士気が落ちたりといったことがあちこちで起こっているんです」(別のホンダ関係者)
もともとホンダや本田技術研究所で中間管理職の権限が拡大されたのは、意思決定の迅速化や業務の効率化のためだった。今ではその弊害のほうが強く出ているケースが増えている。国内営業部門ではクルマが売れない責任を部下になすりつけたりするケースすら散見されるようだ。