「いつでも空手辞めていいよ」と母が言う理由

天才は、どのように育てられたのか?

ほぼ毎日ある稽古に付き添うのは、父親の泰明さん(34歳)だ。自身は大の格闘技好きだが、空手経験はなかった。それでも、子どもに礼儀作法を学ばせたいと、まだ幼稚園児だった子ども2人と一緒に、近くにある「悠空会」に通ったのだ。

子どもとともに稽古を重ねた泰明さんも今や「黒帯」。万優さんの細かな動きをチェックしてアドバイスしたり、メンタルのケアをしたり。黒子の役割で天才を下支えしている。

一方、母親の正代さん(33歳)も空手経験はない。というより運動系の部活経験がない。どちらかといえば、カルチャー系の人だ。だから、公式戦などは応援にいくが、「空手のこと、よくわからないんです(笑い)」と正直に語る。空手を楽しむ子どもたちを少し離れたところから見守るスタンスをとっている。

「多くの方に、万優のことを褒めていただいたり応援していただいたりして、本当にありがたいです。ただ、あんまり大きな声では言えませんけど、万優には『嫌になったら空手いつ辞めてもいいよ。人生、長いからね』って言うんです」

空手だけが人生じゃないんだよ。そんなクールな発言をすると、万優さんは「やだ、辞めない。私、やる!」とますますやる気になるという。取材して感じたのは、正代さんがあえて空手に没頭する子どもと同じモードにならない、このやり方はおそらく計算ずくだろう、ということだ。

生来の負けず嫌いの性格を逆手にとって、心に火をつける。と同時に、周囲からの期待という「圧力」に負けそうになった際には自分が安全地帯となることで、日ごろは安心して空手に打ち込める環境を作り上げているような印象がある。

万優さんが幼稚園年長の時の全国大会。まさかの1回戦負けを喫し、大泣きする娘を正代さんは一切いたわったり、なだめたりしなかった。いつものようにクールに、こう伝えたそうだ。

「もっともっと練習しないと全国では勝てないんだよね。泣いて、終わりにしちゃダメだよ」

「よく頑張ったよ」とか、「次頑張ればいい」とか、優しく甘い言葉ではなく、客観的に「さらなる練習が必要」という事実を伝えた正代さん。ある意味、傷口に塩をぬるような厳しさだが、それも万優さんの性格を踏まえ冷静に語ったものだった。