表現の難しい情報を共有するためには

ブレンダーが多忙を極めるのは夏だ。チーフブレンダーの佐久間正氏が説明してくれた。

「各工場でできた原酒のサンプリングを6月に約ひと月かけて行い、7月にはサンプリングした原酒のテイスティングにやはりひと月かける。そしてテイスティングの結果をふまえて8月に製品のレシピをつくります」

ウイスキーの原酒は大麦の麦芽を原料に、発酵、蒸溜の後、樽の中での長期熟成を経て完成するが、ニッカウヰスキーが貯蔵する樽の本数は数十万樽。それを、製造方法や樽の種類、さらには熟成の時期などが共通するだいたい100樽単位でロットにして、サンプル数を数千種類に絞る。ブレンダーたちが丸々ひと月かけてテイスティングするのがこの数千種類の原酒だ。

「毎日毎日、原酒のサンプルを鼻で嗅ぎます。多い日には、150種類。そして、その匂いについて、各ブレンダーが、コメントを書いていくのです」

4人のブレンダーそれぞれが、原酒についてコメントを書く。酸味の度合いが1~5段階でいくつとか、そんな評価を比較するのかと思いきや、自分が感じたままを言葉にするという。そのままでは相手に通じないのでは、と思うが、これを続けていくうちに、「自分がこう表現した香りをあの人はこういう言葉で表現しているのだな」と、わかってくるそうだ。

若手ブレンダーの二瓶晋氏は、ある香りをアゲハチョウに譬えた。

「アゲハチョウの幼虫が触覚を出すと、甘い匂いがします。子供のころに嗅いだ記憶で、ある香りを表現しました」

それに対して佐久間氏はこう感じた。

「アゲハチョウの甘い匂いは私もわかるんです。ただ、私にとってその香りは柑橘系の香りなんです。だから私が表現するとなると、金柑とか、そんな言葉になると思います」