「左遷を左遷にするのは、己」

当時、この「14人の出向」のことは、本社から選りすぐりの各部門のエース社員が経営再建のため乗り込む、といったニュアンスで社内的には伝えられていた。だが、「よく考えれば、本物のエースを本社が手放すはずがありません。やはり、一部には落ちこぼれの色合いもあったのかもしれません。実際、その関連商社からさらに別の会社に移された人もいました」(佐々木)。

そんな情け容赦のない島流しにあうこともなく、佐々木は約3年で本社に復帰する。無事、呼び戻されたのだ。なぜ、それが叶ったのだろうか。

佐々木は、出向先の管理部門の課長として含み損の調査や経営課題を洗い出し、管理・予算制度を整備する任務を担った。大赤字の危機的状況ゆえ土日も出勤し、残業時間は月200時間を超えることも珍しくなかったそうだ。

夜は、出向先の社員たちに自腹で酒を奢り、彼らの本音に耳を傾けたという。

「この関連商社を再建することこそ、わがミッション」

そう心に決めて、身を粉にして働いたのである。

「僕の持論に、『左遷を左遷にするのは、己』があります。左遷人事でも何かしら得るものがあり、それぞれの立場で働く人々から自分にない考え方を教わったり、新しい人脈を築いたりできれば、たとえ左遷であっても意義があるはずです。つまるところ左遷は、発想を変えれば、『新天地』にも『新しい体験ができる機会』にもなる。逆に、左遷を決めた上司を恨み、腐ってしまっては、本当にサラリーマン人生は終了になってしまいます」(同)

愚痴を言わず、逆境に立ち向かっていれば、周囲の見る目も変化する。その繊維商社のプロパー社員もやはり佐々木のことをじっと観察したという。

「本社から送り込まれてきたこの佐々木という男は、信用できるのか」

社員たちは業績悪化のあおりで、給与はカット、ボーナスもなしという状況。視線がそうした厳しいものになるのはしかたがない。「私たちはいわば進駐軍で、最初は普通に上司を見る目では見てくれませんでした」(同)。