稲盛和夫を必要とする切実な理由

報告会を終えた稲盛氏に中国情勢や働き方について話を聞いた。

稲盛氏の思想や哲学をまとめた『生き方』という本は、日本で110万部を突破。これが『活法』というタイトルで中国でも出版され、現在、150万部以上も読まれている。「ビジネス書で1万部売れたらベストセラー」といわれる中国で、稲盛氏の著書は異例の大ヒットだ。しかし、なぜ今、中国人の間でこれほどまでに稲盛哲学が歓迎されているのだろうか。

第二次世界大戦後、中国は経済的に窮乏していましたが、国を再建するため、共産主義のもと努力しました。しかし、ソ連崩壊により社会主義国家に激震が走るなど時代の転換点を迎えると、鄧小平(トウ・ショウヘイ)氏が唱えた改革開放は一気に加速し、市場経済の道を駆け上がっていくこととなりました。「先に富むことができる者から富め」という先富論の思想がベースとなっています。そうして国民は経済活動に突き進んでいきます。中国の人々はもともと大変商才があります。経済は急速に発展、成功して豊かになる人もたくさん現れました。

しかし、経済的に豊かになったからといって、精神的にも豊かになるでしょうか。人生が充実するでしょうか。

経済的に豊かになりたいという気持ちは、決して悪いことではありません。特に事業を始めるときにはそうした強い思いも原動力になるでしょう。しかし、いつまでも利己的な欲望だけを原動力にしていては、たとえ成功したとしても、いずれは行き詰まるでしょう。あるところまでいったら、他人のために尽くす「利他」の精神が必要です。そのことに中国人経営者の方々も気づき始めているのではないかと思います。

稲盛氏の著書を翻訳し、「稲盛哲学」を中国で広めている稲盛和夫(北京)管理顧問有限公司の曹岫雲氏は、「稲盛哲学が中国で受け入れられているのには、歴史的な必然性がある」と断言する。改革開放によって急激に社会構造が変化し、それが拝金主義や極端な経済格差となって表れた。リーマンショック以降は業績悪化に加え、労使対立が深刻化し、経営手法に悩む経営者が続出した。そんな彼らに救いの手を差し伸べたのが、稲盛氏だったのである。あわやバブル崩壊か、ともいわれる中国経済だが、稲盛氏はどのように見ているのだろうか。