高業績を継続している会社に共通する福利厚生制度の特徴とは──。これまでに約8000社の企業を訪問してきた法政大学大学院の坂本光司教授に聞いた。

働く人たちの意識の変化に対応できるかが生命線

──近年、職場環境の改善や福利厚生制度に関して、企業の経営者の姿勢に変化はありますか。

【坂本】優秀な“人財”を採用したり、また社内にとどまってもらうため、福利厚生が大事な要素になってきている。そうした認識は着実に広がってきています。背景にあるのは、雇用される側の意識の変化。会社の業績も大事だが、何より“自分や家族が幸せになれるかどうか”──これが会社選びの重要な基準になってきています。会社側としては、そうした変化に対応しなければ、人を集めることができない。最悪の場合、需要はあっても人手不足のために倒産しかねない。いわゆる労務倒産です。そうした中で、働きやすい職場づくりへの関心が高まっている。これは企業規模に関係なく、大手企業でも職場環境への不満を原因とする離職は深刻な問題になりつつあります。

──坂本先生は、企業の業績と福利厚生制度への考え方の関係性についても分析されています。

【坂本】はい。営業利益率が高い企業ほど、「福利厚生制度を現状より充実させたいと考えている」。そうした結果が出ています。理由としては、「従業員や家族の幸福度を高めるのに役立つ」「従業員のモチベーション向上により業績向上が期待できる」などが挙げられました。

こうした話をすると、「それは業績がいいから、福利厚生も充実させられるし、社員のモチベーションも高いんだ」という人がいます。しかし私たちの分析によれば、高業績企業の社員のモチベーションが必ずしも高いわけではありません。一方で、社員のモチベーションが高い企業について調べると、しっかりと継続的に利益を出している。ここには明確な相関関係がありました。やはり、経営者がまず追求すべきは、売り上げや利益ではなく、社員の働きやすさや満足度なのです。

──これまでの企業調査で印象に残っている福利厚生制度には、どんなものがありますか。

【坂本】それはもうたくさんありますが、例えばある会社では、週1回、出勤時間を1時間遅くできる制度を設けています。「たった1時間か」と思うかもしれませんが、これが子育てをする家庭などにとっては非常にありがたい。家事を丁寧にできることで、心身がリフレッシュされるといいます。

またある中小企業では、誕生日を迎えた人に全社員が花を1輪ずつプレゼントします。花は自分で育てたものでも何でも構わない。誕生日の人の机に花瓶が置かれ、帰りには大きな花束ができ上がるわけです。

──工夫しだいで、職場の雰囲気が大きく変わりそうです。

【坂本】福利厚生制度といっても、難しく考える必要はありません。経営トップの方によくお話しするのは、「ご自身も社員だった時代があるでしょう。そのとき、どんな環境で働きたかったか思い出してください」ということです。大きなお金をかけなくても、できることはたくさんあります。多くの経営者は、社員の頑張りに報いたいという気持ちを持っているはず。その思いを伝えるために、福利厚生を使ってみるといいでしょう。

会社は何のために存在しているのか経営者にはあらためて考えてほしい
坂本光司(さかもと・こうじ)
法政大学大学院政策創造研究科 教授
人を大切にする経営学会 会長

静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授などを経て現職。専門は、中小企業経営論、地域経済論、地域産業論。地方自治体の産業支援機関の公職も多数務める。『日本でいちばん大切にしたい会社』シリーズ、『日本でいちばん社員のやる気が上がる会社──家族も喜ぶ福利厚生100』など著書多数。

ルールを細かくしすぎず個別対応を心がけよ

──実際に新しい福利厚生制度をつくるとき、どんなことに注意したらいいでしょうか。

【坂本】一つ忘れてはならないのは、制度だけでなく組織風土の改革にも目を向けることです。言うまでもなく、どんな優れた制度も使われなければ意味がありません。経営者の中には、「うちの社員は、『有給を取れ』と言っても休まない。仕事が好きなんです」という人がいます。本当にそうでしょうか。多くの場合、単に“休みづらい空気”が社内に漂っているだけです。制度をいかに実効性のあるものにするか。その雰囲気づくりもリーダーの重要な役割です。

──そのほか、福利厚生制度の運用上のコツなどはありますか。

【坂本】よくアドバイスするのは、あまり細かくルールを定めずに、「個別対応で運用しましょう」ということです。例えば、制度の規定にちょっとだけあてはまらない社員がいるとして、「じゃあ新しい規定を追加しよう」ということをしていくと、どんどんルールが複雑になってしまう。逆に、全員にあてはまるようなルールにすると、平均値を取るような形になってしまい、価値が薄れてしまいます。

社員はそれぞれ、家族構成や家庭の事情も異なるわけですから、個々の状況に合わせてある程度調整していけばいい。そのほうが現実的です。それが組織全体として受け入れられるかどうかは、まさに風土の問題といえます。

──これから職場環境の改善に取り組みたいと考えている経営者にメッセージをお願いします。

【坂本】自分たちの会社は、何のために存在しているのか。一度真剣に考えてみてほしいと思います。一言でいえば、それは社員やその家族、またそのほか関係する人たちを幸せにするためではないでしょうか。この思いがないと、どんな制度や仕組みをつくってもうまくいかないだろうと私は思います。

これまでおよそ8000社の企業を訪問して、しっかり黒字経営を続けている会社というのはドアを開けた瞬間すぐにわかります。雰囲気が違うんです。そういうと抽象的に聞こえるかもしれませんが、いい会社というのは一人一人が「自分が必要だ」と感じながら働いています。自分がその場に必要とされているかどうかは、子供でもわかることです。

福利厚生制度についていえば、できることから順番にやっていけばいい。周りの会社と比べる必要もありません。まずは社員とその家族が最も必要としていることは何か。それをしっかり見極めることが第一歩です。