「グラウンドとベンチの選手が一つになった」
西本が“左殺し”の異名をとる佐々木恭介を代打に送ると、広島の一塁手、衣笠祥雄がマウンドに向かった。
「おれの気持ちは同じだ。ベンチやブルペンのことは気にするな」
この一言で江夏は落ち着きを取り戻し、佐々木を空振り三振に仕留めた。
一死満塁になると、古葉はスクイズを警戒し、ベンチの選手たちに指示した。
「三塁走者の藤瀬が早く飛び出したら、みんなで『はずせ!』と大きな声を出そう」
そのため、選手たちはベンチ最前列に移動。グラウンドに体を乗り出さんばかりの姿勢をとった。1番・石渡茂(遊撃手)に対する2球目、江夏がスローカーブを投じ、三塁ランナーの藤瀬がスタートを切ると、広島ベンチは全員が絶叫した。
「はずせ!」
古葉も、ありったけの声を出した。
石渡のバットが波打ち、空を切った。藤瀬は慌てて三塁に戻ろうとしたが、前につんのめり、水沼にミットで背中を激しく叩かれた。
結局、石渡は空振り三振に倒れ、古葉は初めての日本一に輝いた。
「日本一より、グラウンドとベンチの選手が一つになったことがうれしかった。ベンチの選手全員が『はずせ!』と叫んだことが、何よりの証拠です……」
1801試合 873勝791敗137引き分け 勝率5割2分5厘
(文中敬称略)※毎週日曜更新。次回、ヒルマン監督