さらに、ラトローブバレーを起点とする本格的なCCS計画である「カーボンネットプロジェクト」に取り組むオーストラリア連邦政府とビクトリア州政府は、CO2フリー水素チェーンの構築に協力的な姿勢をとっている。水素チェーンは、実現に向けて、着実に歩み始めているのだ。

もちろん、CO2フリー水素チェーンの構築には巨額の経費がかかるし、さまざまなリスクがつきまとう。解決しなければならない問題も多い。オーストラリア側では、誰がどのような形で化学工場や肥料製造工場を建設するのか。日本側では、誰がどのような形で海外でのCCSに協力し、国内で水素発電を行うのか。CO2フリー水素チェーンをビジネスモデルとして成り立たせるためには、少なくともこれらの問題を解決しなければならないだろう。

ただし、ここで忘れてはならない点は、現在のわが国におけるエネルギー・環境ビジネスの閉塞状況を打破するためには、従来の発想にとらわれない、10年先、20年先を見込んだ大胆な意思決定が何よりも求められていることである。CO2フリー水素チェーンは、そのような新基軸となる可能性を有している。今後の展開に注目したい。

今回紹介した千代田化工建設の「SPERA水素」構想も、川崎重工業のCO2フリー水素チェーン構想も、CCSなどと結びつけた水素利用の拡大を通じて、温室効果ガス排出量の削減に寄与するものである。いずれの構想も、人類の希望をかなえる有意義なものであるが、水素利用コストの低減という大きな課題を残していることも、事実である。この課題をクリアするためには、水素利用を拡大し海外で温室効果ガス排出量の削減に寄与した事業者には、日本国内での石炭火力発電の新増設を認めるような仕組み、つまり「二国間オフセット・クレジット方式」の拡張版とでも呼びうる仕組みを導入することが、一つの突破口となるだろう。その場合の事業者には、電力会社ばかりでなく、日本国内で自家発電などの形で石炭を使用している化学メーカー、製紙会社、鉄鋼メーカーなども含まれる。

これは、別の言い方をすれば、「水素」と「石炭」との結合である。「水素」で温室効果ガス排出量の削減を進め、「石炭」で燃料コストの削減を図る。この意外な組み合わせが出来上がると、日本のエネルギー戦略はより強靭なものとなる。「水素」の利用拡大、そして「水素」と「石炭」との結合は、日本のエネルギー戦略の「秘密兵器」なのである。

(平良 徹=図版作成)
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