JALの再建にあたってこんなことがありました。JALはアメリカン航空が中心のワンワールドというアライアンス(航空連合)に加盟しているのですが、ライバルのデルタ航空を中心としたスカイチームが「うちに鞍替えしないか、それにかかる費用も負担する」と言ってきました。私は就任したばかりで、両社がどういう考え方を持っているのか、経営者がどういう人柄なのか全くわからなかったので、それぞれの経営者にお会いすることにしました。
アメリカン航空の経営者はとても温厚で真っ直ぐな心を持った方でした。対するデルタ航空の経営者はヤリ手のビジネスマンタイプで、鞍替えのメリットがいかに大きいかを一生懸命説明されました。
JALの多くの幹部もデルタ航空の申し出に賛同していました。しかし私は「今まで一緒にやってきたアメリカンを袖にして、ライバルに鞍替えするのは、人の道としていかがなものか」と言いました。
「スカイチームは強い太平洋航路を持っているだけに、JALのメリットも大きいだろう。けれども、アメリカンは一気に劣勢に追い込まれてしまう。それで人間として本当にいいのか。もういっぺんみんな考えてほしい」とお願いしました。すると10日ほど考えてもらった結果、みんなガラッと変わって、ここはやはり善悪で判断しようということになった。つまりワンワールドのままでいくと決めたのです。この決定には、アメリカン航空の人たちがとても感激してくれました。しばらくしてこの判断がJALにとっても正しかったことが皆実感としてわかってくれたようですが、その判断の要は目先の損得ではなかったのです。
では、常に正しい判断をするために必要な人間性はどう磨けばいいのでしょうか。それは、息つく暇もないぐらいに一生懸命、自分に与えられた仕事に打ち込むことです。これが1番の人間性の鍛錬だと私は考えています。
若かった頃の私は、従業員を路頭に迷わさないよう必死に仕事に打ち込んできました。ひたすら仕事をしながら、思い描いたあるべき会社の姿、人の正しい在り方などをノートの隅にちょっとずつ書き溜めていました。そのノートを読み返しながら日々反省を繰り返す中で、自分の人生や仕事に対する基本的な考え方を確立していったのです。ですから私自身、修行のための修行、勉強のための勉強をしたというわけではなく、むしろ全力で仕事に打ち込むことで自分の心を磨く機会を自然に得ることができたのだと思います。