ハリウッド映画の予告編に匹敵するクオリティと言って良いだろう。1人の男性が「レンズスタイルカメラ」をもって、ヨーロッパ風の街を散策する。行く先々で、いろいろな人に出会い、カメラに感心され、美しい写真が撮影される。途中、カメラを持った手を伸ばして、狭いところにいる猫を撮影するなど、このカメラならではの使い方が、強調される。ラストシーンでは、夕暮れ時、高台で同じカメラを手にした男女がばったりと出会う。2人が笑顔でスムーズに撮影を楽しんでおり、この出会いの明るい未来が示唆されて映像は終わる。ちょっとしたミニ映画だ。この映像だけを見ていれば、間違いなく買いたくなる。そう言う映像が流れている。事実、この映像はネットで盛んにシェアされ、オンライン予約分はほぼ完売した。そうした秀逸な映像の前で、一昔前のセンスの服を着た係員が、トラブルに見舞われながらたどたどしく商品を説明している。なんともシュールな光景だった。「ああ、ソニーは映画の会社なんだな」という感想を持たざるを得なかった。

その後で近くにあるアップルストアの銀座店を訪ねた。そこでは能率的でフレンドリーな店員がきびきびと働いていた。アップルのブランドが商品から現場まで統一されていると感じた。そもそも、メーカーがショールームでブランドイメージを訴えるという手法は、ソニーが元祖だった。アップルの創業者であるスティーブ・ジョブズは、ソニーを尊敬し、その手法を徹底してパクった。「One Sony」は技術だけではなく、ブランドイメージの統一でもあるだろう。「東京通信工業」という社名を変更するとき、「ソニー電気」ではなく「ソニー」としたのは、電気製品という商品の側ではなく、商品をつかって楽しむユーザの側から会社を再定義したからだったはずだ。ソニーの創業社訓、「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」は復活しているのかも知れないが、ソニー自体の復活にはまだまだ時間がかかるだろうなと思っている。

※1:2003年4月、ソニーの決算発表を境に、日経平均株価がバブル崩壊後の最安値を2日連続で更新するという「ソニーショック」が起きた。ソニーの株価はその後低迷。去年11月には800円を割り込んだが、今年に入ってから回復基調にある。
※2:1999年10月3日にソニーの共同創業者・盛田昭夫氏が亡くなったとき、スティーブ・ジョブズは10月5日の新製品発表会で、まずスクリーンに映し出され
たロゴマークを盛田氏の写真に切り換え、「盛田昭夫氏は、私とアップルのスタッフに多大な影響を与えました」と話し出す異例のスピーチを行った。

京都大学客員准教授、エンジェル投資家 瀧本哲史
東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、マッキンゼー&カンパニーへ。主にエレクトロニクス業界のコンサルティングに従事する。3年の勤務を経て投資家として独立。著書に『僕は君たちに武器を配りたい』『武器としての決断思考』などがある。
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