人件費だけなら中国は安くつく

2011年8月、日本ヒューレット・パッカード(以下、日本HPと略)は、東京の昭島工場でノートパソコンの生産を開始した。足かけ6年にわたってHP本社と折衝を重ねた末、中国工場からノートパソコンの生産を奪還したのである。

円高が進行すると、国内生産を諦めて生産拠点を海外に移転する、というのが一般的なセオリーだろう。そういう意味で、日本HPがこの超円高のタイミングで国内生産を開始したことは、世の中の流れとは違った、異例のアクションと言うべきかもしれない。

しかし、この国内生産開始にはひとつの前例がある。ご承知のように、日本HPは02年にコンパックと合併しているが、コンパックは1999年から日本国内でデスクトップ・パソコンを生産していたのである。

この生産開始の際も、本社の承認を得るために3年もの歳月を要した。なにしろ99年当時の中国人の人件費は、現在よりもはるかに安かった。人件費だけを見れば、明らかに中国でつくったほうが安くつく。だが、人件費はコストの一部にすぎないのだ。本社との折衝の中で私が強調したのは、「リードタイム」と「コスト」の関係であった。

中国で生産した場合、最短でも2週間のリードタイムが必要だ。つまり、代理店が客から注文を受けて納品するまでに2週間かかるわけだが、そうなると「今月中にほしい」という注文を受けつけられるのは、月の半ばまでに限られることになる。月の後半に入った注文は断らざるをえないのだ。半月もの機会損失は、代理店にとってあまりにも痛い。

そこで仕方なく、代理店は在庫を持つことになる。納期2週間の中国製の場合、約1カ月分の在庫を持たなければ商売が成り立たない。