顧客に新たな便益を提供したアップル
需要サイドに目を転じることで、コモディティ化の再来には2つの要因があることが指摘できる。第1の要因は、「ニーズの追い越し」である。ニーズの追い越しについては、『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)のなかで、ハーバード大学教授のクレイトン・M・クリステンセン氏が、次のような説明を行っている。
同氏が注目するのも、需要サイドの問題である。多くの企業は、製品やサービスの差別性を高めようとして、スペックや品質の向上に取り組む。しかしその改善のスピードが、顧客の欲求水準の上昇を上回ると、時間の経過とともに図1のような逆転が起こる。そして、このような逆転が起きてしまうと、製品やサービスが仮にスペックや品質において差別化できていたとしても、その違いに買い手はこだわらなくなる。皮肉なことに、企業の技術開発能力が高いほど、この逆転問題が短期間のうちに生じやすくなる。
こうしたニーズの追い越しが起きてしまった産業では、スペックや品質の向上にいくら取り組んでも、コモディティ化の圧力に対抗することが難しくなる。クリステンセン氏は、こうした産業では、「破壊的イノベーション」――すなわち、スペックや品質は犠牲にして破壊的な低価格を実現するイノベーション――が有効となると主張する。たとえば近年では、デジタルカメラやゲーム機の販売が伸び悩む一方で、スペックや品質では劣るはずのスマートフォンでの撮影やゲーム利用が広がっている。これらも破壊的イノベーションの一例である。
とはいえ、破壊的イノベーションは、コモディティ化の流れに乗って、企業の収益構造を根本から変えてしまおうとする取り組みであり、事業を縮小均衡に陥らせないとも限らない。このような選択には、ためらいを感じる企業も少なくないだろう。
ニーズの追い越しが生じた場合に、企業が取るべき道は、ほかにもある。それは「顧客に新たな便益を提供する差別化」の追求である。
ニーズの追い越しは、状況を踏まえて行動を切り替える柔軟性に欠けた企業の性向――すなわち、スペックや品質という「確立した便益を向上させることによる差別化」への執着――によって生じる。そして、そこに原因があるのであれば、企業は頭を切り替えて、新たな便益を開発するべく、独自の製品技術、生産設備、そしてノウハウを動員しなければならない。
この対応に長けていたのがアップルである。デジタル家電の市場は、世界的にコモディティ化の圧力が強まっている。そのなかで同社は、既存の携帯電話のスペックや品質を高めることには見向きもせず、快適で新鮮な操作感を、独自のユーザーインターフェース技術によって提供した。ここからiPhoneという、価格競争に巻き込まれにくい商品が登場したのである。