自分以外の「社会」は「ノイズ」

次に、自己啓発書の流行と、世の中の動向との関係について考えてみましょう。連載第2テーマ「心」では、2011年の東日本大震災と、同じく2011年前後に多く売れた「心」を鎮めよう、整えようとする著作の関連性について考えてみようとしました。

しかし、少なくとも自己啓発書の内容をみる限りでは、単純に関連があるとはいえないという結論になりました。震災の前後で著作の主張はまったくといっていいほど変わりがなく、震災についての言及も多くの著作ではみられない、あってもごくわずかな言及しか観察できなかったためです。

これは自己啓発書一般にいえることですが、啓発書は世の中のことをほとんど論じることはありません。連載第5テーマ「仕事論」では、仕事の辛さやつまらなさをどう解決するかという問題にどのような答えが出されるのかを読み解こうとしましたが、ほとんどの啓発書では、「心」を変えようという答えが示されるのみでした。今日の労働環境、雇用環境、経済の動向などはやはりほとんど論じられることがないのです。

連載第11テーマ「就職活動論」でもこれはほぼ同様でした。これから就職しようとする若者に対して、今日の就職市場の動向、雇用慣行の問題点などはまったく示されることがないのです。震災が起きる前後、景況が変わる前後で、自己啓発書の内容に変化をみることもほとんどできません。つまり啓発書は、それ自体の世界の中で閉じて、自動運動をしているように思われるのです。

この自動運動という観点に関しては、連載第6テーマ「セルフ・ブランディング」の展開がいい例です。自分自身の内面のみを変えようとする従来の自己啓発書との差異化を図って、理想的な自己イメージが他人に受け入れられるための戦略を考えようとするブランド論が海外発で広がり始める。やがてソーシャルメディアの広がりとともに、メディア上で受け入れられるための戦略により特化した著作が刊行されるようになる。すると、メディア上での表現や評価は虚構であり、今目の前にいる人との関係を大事にせよとする反論が登場する(それはしばしば他の啓発書の批判というかたちをとってなされる)。

もちろん、自己啓発書を手に取る読者の気持ちは日々刻々と変わっているのかもしれません。しかし自己啓発書の世界においては、自分自身を変えるということ以外の情報――たとえば社会、経済、政治の動向を考え、自分自身以外にも問題はあると気づかせるような情報――は「ノイズ」であり、ただ自分を変えるということをめぐって、主張が次々と積み重ねられているのだと考えられます。

ただ、だからといって自己啓発書が社会や経済や政治について、どのようなスタンスもとっていないというわけではありません。自分を変えようという主張の枕に申し訳程度に示される前提、あるいは自分を変えようとする主張そのものから、啓発書がこの世の中をどのように捉えているのかを読み取ることができると私は考えています。次回はこの、啓発書の「世界観」について考えてみたいと思います。

『死ぬまで仕事に困らないために20代で出逢っておきたい100の言葉
 千田 琢哉/かんき出版

『「20代」でやっておきたいこと
 川北 義則/三笠書房

『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら
 岩崎 夏海/ダイヤモンド社

『人生に成功する「自分ブランド」
 デビッド・マクナリー、カール・D.スピーク/ダイヤモンド社

『「困ったガラクタ」とのつきあい方
 ミシェル・パソフ/河出書房新社

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