TOPIC-3 世界を単純に圧縮する本たち
これまでの連載で幾度も述べてきたように、自己啓発書ではしばしば世の中の人々を「二分法」で切り分けます。充実した現実世界と虚構に満ちあふれたメディアの世界、精神的な「本当の」幸福と物質的な「偽りの」快楽、目の前の出来事を自分の問題や責任として受け取るか他人や社会のせいにするのか、あなたは成功者になりたいのかそれともこのまま失敗者としての人生を歩むのか、等々。
私たちの日々の生活のなかでは、これらは混在して経験されているはずです。メディア上のやりとりが現実の人間関係をより豊かにすること、メディア上の関係性に現実以上の充足感を感じる人々がいること(そのような人の場合、現実世界こそが「偽りの」世界と映るはずです)、必ずしも自分自身の問題とばかりはいいきれない種々の問題があること、メディアに登場する、輝かしい経歴や莫大な資産をもつ人々を少しもうらやましいと思わないこと(むしろしんどそうだなと思ってしまうこと)、逆に経済的に裕福とはいえなくても楽しそうに生きている人々がいること。
しかし自己啓発書はこうした現実世界の複雑さを、二つの要素に圧縮して私たちの前に示すのです。こうした二分法的世界観を受け入れることができなければあなたは失敗者になるという、一種の脅迫めいた文言もしばしば啓発書には登場します。
こうした自己啓発書の世界観から何を考えるべきでしょうか。その単純さを批判することはたやすいのですが、そのような批判を行うことは、二分法的世界観を受け入れていないことの表われ(敗者であることの証明)にしかなりません。つまり批判という行為は意味をなさないだろうと私は考えます。