震源は「分厚い」海外の著作

たとえば連載第6テーマ「セルフ・ブランディング」では、自分をブランドとみなす考え方は次のように展開していました。まず2003年、日本人の手によって、タイトルに「セルフブランド」や「パーソナルブランド」という言葉を冠する著作が刊行されます。しかしこれらは、企業に寄りかからない働き方を目指していこうという、働き方一般の啓発を広く行う著作でした。つまり、「セルフブランド」を確立するための、固有の理論や方法論はこの時点ではみられなかったのです。

これらに対して、翌2004年に刊行された、作家のデビッド・マクナリーさんとコンサルタントのカール・D・スピークさんによる『人生に成功する「自分ブランド」――強いイメ-ジで人を引きつけ、人を動かす』は、自分をブランドという観点から捉える、体系的な理論と方法論を展開する著作でした。同書が示した、自分ブランドの定義(他者がもつ自らへのイメージの総体)、そのために何をすべきか(やりたいことを明確化し、それをニーズとすり合わせ、情報発信のスタイルを定める)等の主張は、それ以後に続く、日本人発のブランド論の基本枠組になっていきます。

第9テーマ「掃除・片づけ」に関しても同様の展開を観察することができました。掃除・片づけに関する著作は以前から多く刊行されてきましたが、2000年にクラター・コンサルタントのミシェル・パソフさんによる『「困ったガラクタ」とのつきあい方 ミラクル生活整理法』が翻訳刊行されて以降、このテーマの書籍は「自己啓発化」していくことになります。

具体的には、身の回りのモノとの関係を考え直し、モノを整理していくことで、自分自身の考えが明確になり、主体的に日々を過ごせるようになるという考えが同書で示されていました。掃除や片づけが、それのみで終わるのではなく、自分自身の発見・変革とつながるようになったのです。このような考えは今日の掃除・片づけ本においては珍しくないものとなっていますが、管見の限りでは、パソフさんの著作が刊行される以前にはほとんどみることができませんでした。

このように、書籍の動向を追っていく限りでは、突如新しい考え方が示され、新しい流行が発生するという場合、その震源は海外にあることが多いのではないかと私は考えます。もう少しいえば、海外発の自己啓発書が網羅的・体系的に、また分厚い著作のなかで新しいテーマを論じ、それ以後に日本の書き手がより平易に、装丁も分量もよりライトな書籍で紹介する、という流れがあるように思います。

この連載のタイトルである「ポスト『ゼロ年代』の自己啓発書」の動向には、本連載では実はあまりタッチしていないのですが(現在の特異性を明らかにしようとすると、えてして2010年以前にさかのぼらざるをえないため)、その動向を占う手がかりが、こうした海外初の啓発書には隠されているのかもしれません。