子どもたちは、なかなか帰らない
出発して約30分後に、本庫屋書店近くのバス停についた。あっちですよ、と運転手さんは言った。
バスを降りると、やっぱり寒い。風が痛い。バスのなかから見た風景からすると、このあたりは町の中心のようなのだけれど、がらんとしている。お店もとても少ない。利尻富士へと続く真っすぐの道を、駆け上がるように、風が吹いている。
停留所から歩いて数分のところに、本庫屋書店はあった。青と白の壁の、小さな本屋さんであった。
「こんにちは」と店のなかに入ると、満面の笑みで佐藤さんが迎えてくれた。体の大きな人だった。「夏葉社さん、本当に来たの。さあ、こっち、こっち」と、まるで親戚の伯父さんのように、ぼくをお店の奥へと招き入れ、事務所で珈琲を出してくれた。
「寒かったでしょ?」やっぱり満面の笑みで佐藤さんは言った。
ぼくはなんだか心打たれて、「全然寒くなかったです」とこたえた。
それから1時間以上、佐藤さんは、利尻島のこと、書店のことを、ずっと笑みを絶やさずに話してくれた。
むかしはバスの運転手をやっていたということ。だから、島に住む人々のほとんどを知っているということ。毎朝10時に港に本を取りにいき、それからカブで毎日配達に出ているということ。あんまり吹雪く日は車に乗るということ。
話している途中、何人もお客さんがやってきて、そのたびに、佐藤さんは店に出て、お客さんと楽しげに話した。
「あれ、帰ってきてるの?」
「これ、入ったばかりだよ」
「体に気をつけなよ」
お店の広さは20坪ほどである。いちばん多いのは雑誌、次にコミックである。もちろん、実用書や旅行書、学習参考書もそろっている。単行本はあまりなく、文庫もどちらかと云うと少ない。その代わり、文房具と、プラモデルやゲームソフトなどのおもちゃがある。子どもが跳ねて喜びそうな本屋さんである。
実際、ここに来た子どもたちは、なかなか帰らないそうである。きっと、利尻島で育ったすべての子どもは、本庫屋書店に対して、深い思い出があるのだろう。そして、きっと、「ほんこや」なんて呼び捨てで言って、島を出てからも、「あの本は小学校のころ、ほんこやで買ったんだよ」「ほんこやのあそこの棚にあれがあったよね」なんて、思い出話を語るのだろう。ほんこやで好きな女の子とばったり会うこともあっただろうし、ほんこやで大人たちが小説や文庫を真剣に選ぶ姿も見たのだろう。
すべては推測だけれど、町の本屋さんとは、そういうものだと思うのである。
ある日、子どもは、漫画を一冊買えるお金で、文庫本の小説を買う。
それは、とてもわかりやすい、大人への階段である。
ぼくは町の本屋さんのそうした日常を、全部、この目で見たいのである。
北の果てから、南の果てまで。
いまのうちに、どうしても見ておきたいのである。
●次回予告
町の本屋を訪ね歩いてつくった『本屋図鑑』は、「おしゃれなブックショップガイド」や「カリスマ書店員のいるお店案内」とはちょっと違う。いや、ずいぶんと違う。穏やかな貌をしたこの本は、実は静かに怒っているようにも読める。島田さんはなぜ今、この本をつくろうと思ったのか。次回《『本屋図鑑』ができるまで》、7月21日(日)公開予定。