日本航空CEO兼会長 稲盛和夫(いなもり・かずお)
1932年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年京都セラミツク(現京セラ)を設立し、社長、会長を経て97年より名誉会長。84年には第二電電企画(現KDDI)を設立し、会長就任。2010年日本航空最高経営責任者に内定。


 

事業会社で法的整理による史上最大の倒産となった日本航空。経営の舵取り役として、最高経営責任者(CEO)に就任した稲盛和夫氏は、徐々に「稲盛カラー」を発揮し出した。

まず、現場の最高責任者であるCOO選び。旧JALと企業再生支援機構側が用意した子会社「日本エアコミューター」社長の大西賢氏の就任を一度は白紙に戻したが、結局受け入れた。整備畑が長い大西氏を抜擢したのは今後の大規模リストラに伴い、「士気低下」を拭い去る意味合いがあるのだろう。

次に、一度は事務レベルで合意に達していた米デルタ航空との事務提携を取りやめ、アメリカン航空との提携を継続する方針に転換した。デルタと提携した場合、所属する航空連合をワン・ワールドからスカイチームに移籍となるが、変更作業が膨大なうえ、違約金も取られる。3年間という時間的制約があることから、決めたというが、結果、太平洋路線で32%のシェアを占めるデルタと提携した場合の経営のスリム化やアジアなどへの投資は遅れ、再生計画も変更を余儀なくされる。

稲盛CEOが、行く手を照らすレーダーとすると見られているのがひとりひとりの社員が主役という「アメーバ経営」だ。目指すべき方向を明確にし、全員のベクトルを合わせる。「京セラフィロソフィ」を「親方日の丸」でどう根付かせるか。

創業した京セラを一流企業に育て、第二電電企画(現KDDI)を設立。三田工業(現京セラミタ)の再建などで経営実績を残したが、運輸・サービス業界とは無縁だ。

「再建計画」も、旧西松遙体制下で検討された「中期計画」をベースにしており、課題は山積みである。御歳78歳、限られた時間で「再建計画」をどう練り直し、再生へと結びつけるか。