肝臓内科医の仕事はなくなるか
今から20年ほど前のこと。肝臓内科医のあいだで「将来、肝臓の病気がなくなって、職を失うかもしれない」と冗談まじりに語られたことがありました。
というのも、当時の肝臓内科の仕事といえば、「ウイルス性肝炎」の治療と経過観察、そして肝臓がんの早期発見・治療が中心だったからです。日本における肝細胞がんの大半は、B型あるいはC型肝炎ウイルスによるもので、それに対応するのが肝臓専門医の役割でした。
ところが、抗ウイルス薬の劇的な進歩により、ウイルス性肝炎はコントロールできる、あるいは治すことも可能な病気になってきました。新たな感染も減っていますから、ウイルス性肝炎を背景とした肝硬変や肝細胞がんは、今後さらに減少するでしょう。だからこそ、肝臓内科医は「職を失うかも」と話していたのです。
では、本当に肝臓内科医の仕事はなくなるのでしょうか。そんな心配は、残念ながら今のところなさそうです。というのも、別の肝疾患が増えているからです。それが、今回のテーマである「脂肪肝」です。
脂肪肝の正式名が変わった理由
脂肪肝というのは、肝臓の細胞に中性脂肪が過剰にたまった状態です。これまで「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」「NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)」と呼ばれてきましたが、現在は「MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)」「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」という新たな名称に移行しつつあります。
この名称変更の背景には、旧来の病名に含まれていた“fatty(脂肪性)”や“alcoholic(アルコール性)”という言葉が、英語圏において患者に対する偏見や差別意識を助長しかねないという懸念があります。日本語では中立的に訳される“fatty”は、英語の日常会話では「デブ」や「太っちょ」といった侮蔑的な意味で使われることもあり、この言葉が病名に含まれることが患者の心理的負担となるリスクが指摘されているのです。
ですから、本来であれば「脂肪肝」ではなく「脂肪性肝疾患」と呼ぶほうが正確なのですが、日本語ではこうした言葉に侮蔑的なニュアンスは伴いませんし、読者の皆さんにも誤解されることはないでしょう。したがって、本稿ではわかりやすさを優先し、「脂肪肝」という表現を用いることにします。

