パパが、かえってこない。大ピンチレベル30――。鈴木のりたけさんのもとには『大ピンチずかん』の紙面を真似した読者の体験談が続々と届く。作家として手がけた絵本は、約40冊。読者からのお便りに感想ではなく体験談が綴られるのは、3冊で累計250万部超の大ヒットシリーズ『大ピンチずかん』だけだという。
「みんな、自分が経験した大ピンチを知ってもらいたい気持ちがあるんでしょう。パパが帰ってこないのは、出張だったようで、事故とかじゃなくてよかったね、とホッとしましたが」と鈴木さんは笑う。
自分の体験も知ってもらいたいという読者の気持ちを喚起するのが、ユーモラスな絵とともに紹介される、誰もが身に憶えのある大ピンチの数々だ。〈いおうとしていたことを わすれた〉〈わりばしが うまく われない〉……。
「共感してもらえるのは、それだけみんなが失敗している証拠だと思うんです。ピンチに陥るのは人間の宿命みたいなもの。ピンチや失敗は避けて通れません。だとしたら、それらも抱え込んで大らかに乗り越えていくしかない」
失敗は子どもが成長する機会だ、と鈴木さんは続ける。
「大切なのは、大人が前もって失敗を防いだり、代わりに対処したりするのではなく、子ども自身がどのように失敗を乗り越えるか。そして、それを見守る私たち親や大人の余裕も必要ではないでしょうか」
ピンチは人間の宿命。その考え方は「舗装された道ではなく、オフロードを前に進んできた」と振り返る鈴木さんの歩みに由来する。大学卒業後、安定と社会的なステータスを求めてJR東海に入社するが、「生きるということは、こうじゃないのでは」と2年で退社。自ら雑誌をつくり始めたものの、貯金がつき、広告制作会社へ。そして絵本作家に転身、と紆余曲折を経た。
「私は、上の世代の考えや価値観を下の世代に伝えるために絵本を手がけているわけではありません。絵本の魅力は、言葉ではなく絵を通じて、大人と子どもがコミュニケーションを取れること。日常のエッセンスをすくい取って、世代を超えて大ピンチを楽しめるような絵本をつくりたい」
絵本に投影される日常のエッセンスは、鈴木さん自身の「家族で笑い合ったことの備忘録」がもとになっている。面白い言い間違えや、間抜けな失敗はすかさずメモしてきた。
「『大ピンチずかん』は、日常に根ざしたノンフィクションでもあるんです」
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