はっきりと語られる「ベタな女らしさ」

さて、もう少し野村さんらの著作をみていくと、その「外見力」の戦略はかなりしたたかです。先に挙げた清楚、知的、健康的という「就活メイク」は、「保守的な面接官のオジサマたちに、『私は清楚で知的で健康的なお嬢さん。あなたの会社にいたらオフィスが華やぎますよ』と印象づけるツール」だと述べられています(127p)。これは外見の話ではありませんが、エントリーシートや面接においても、ゴルフ、俳句、プロ野球観戦、釣り、盆栽など、「<採用担当者であるオジサマ>が共感しそうなもの」を手がかりにしようという言及があります(66-68p)。さらにこの後では、そうした趣味・特技は「むしろ詳しくないほうが、ヘタなほうが」、嫉妬されずに突っ込まれて盛り上がるとも述べられています(70p)。このように、面接官として想定されている中年男性の心を積極的にくすぐっていこうとする態度が同書では貫かれています。

こうした戦略は男子学生も採用できるものでしょうか。おそらく、困難だと思います。野村さんらの著作、そして碇さんの著作では、このような女子学生であるという資源を最大限に活かすべく、さまざまな観点で外見や印象を管理することが求められています。

しかしその管理項目は非常に多岐にわたります。「ナチュラル」なメイク(ノーメイクはだめ)、瞳・歯・肌・髪のツヤ感の維持、清楚な髪形(野村さんらが推奨するのは「ななめ前髪」)、自分に似合う色と形のスーツ、適切な高さのヒール、靴や文具、アクセサリー、ハンカチなどの小物選び、健康的な魅力が伝わる「カラダづくり」(痩せすぎはよくないとされます)の推奨とそのための食生活管理、相手に好感を与える表情の作り方、声の出し方、座り方、立ち方、等々。

こうした各項目の管理に女子学生がすべて真剣にとりくんでいるとはいいませんが、少なくとも今日の「就活語り」のなかでは、こうすれば活動がうまくいく、うまくいかないということの原因として、このような多岐にわたる外見の管理という論点が浮上しているといえます。そして女子学生にとっては、外見を管理し、自らの「女」という資源——この場合資源になるとされているのは「オジサマ」受けする、いわば非常に「ベタ」な女らしさ——をどう活かすかということも、自らの選択の問題として投げかけられているのです。

ただ、外見の管理はまったく新しい論点というわけではありません。私の手元には、拙著『自己啓発の時代』を執筆する際に資料とした、『自分らしく生きる!女子学生就活スタートブック』(学研編、2002)という書籍があります。同書には、就職活動時に望ましい髪形や化粧、服装について言及する「失礼のない身だしなみ」という節が設けられていました。しかし2002年に刊行された同書において、言及は2ページにとどまっていました。これに対して野村さんらや碇さんの著作では、それぞれ数十ページにわたって外見の管理が論じられているのです。単純に考えて、こうした言及量の増加もまた、外見の管理に関するチェックポイント、選択肢の増加を意味することになると私は考えます。