運動不足だとわかっていても、「時間がない」「体力に自信がない」と、言い訳をしている人が多い。京大名誉教授の森谷敏夫氏に「1日8分で全身を効率よく健康にする」トレーニング法について聞いた。

運動でつくられる乳酸が認知症を予防する

私が50歳からでも筋トレを勧める理由は、加齢による筋肉量の減少が健康全般に広く影響するからです。筋肉は体を動かすだけでなく、内臓、血管、脳、自律神経、ホルモン分泌にまで影響を及ぼす、代謝の中枢として機能している「臓器」です。

京大名誉教授の森谷敏夫氏
京大名誉教授の森谷敏夫氏

近年、筋トレのメリットとしてとくに注目されているのが、乳酸による認知機能の改善効果です。筋肉に強い刺激を与えると、糖が分解され、乳酸が体内に蓄積します。かつては「疲労物質」とされてきた乳酸ですが、現在ではその評価が大きく変わっています。

2019年にカナダ・モントリオール大学のエル・ハイエクらが発表した研究では、運動中に筋肉でつくられた乳酸が血液脳関門を通過し、海馬に到達して「BDNF(脳由来神経栄養因子)」の発現を促進することが明らかにされています。

BDNFは、神経の成長や可塑性(つながりの柔軟性)を促すたんぱく質で、記憶力や集中力を高め、認知症の原因とされるアミロイドβの分解にも関与します。さらに、乳酸の濃度が高まるとBDNFの発現も増えることがわかっています。つまり、短時間でも高強度の「きつい運動」をとり入れることが、認知症予防に極めて効果的だといえます。

「きつい運動」と聞くと、怖気づく人もいるかもしれません。「自分はもう年だし、体力にも自信がない。負担の少ない体操やウオーキング程度にしておいたほうがいいのではないか」と考える方もいるでしょう。しかし、50〜60代は、肉体的にまだ十分に成長できることがわかっています。

人間の身体機能は20歳をピークに下降し、筋力・持久力・柔軟性は年に約1%ずつ低下するとされています。この指標に従えば、60歳では20歳の頃と比べて身体機能が約40%落ちている計算です。ただし、それはトレーニングをまったく行わなかった場合の話です。

筋肉は、適切にトレーニングを行えば、何歳からでも鍛えることができます。実際、アメリカの高齢者施設では、3分間続けるのも難しいほどの高負荷の自転車トレーニングが導入されています。心疾患を抱える高齢者でも無理なくプログラムをこなしており、「きつい運動が危険」という固定観念は、医学的に見直されつつあるのです。

筋肉量を増やすことは、加齢によって生じるさまざまな体の変化――血糖値の乱れや脂質異常、免疫力の低下、自律神経の不調といった問題にも確かな効果を発揮します。

たとえば、筋肉は、食後に血中グルコース(血糖)の70〜90%を取り込む最大の「糖消費器官」であり、安静時でも基礎代謝量の約18〜22%を担うなど、糖代謝において極めて重要な役割を果たしています。

筋肉を動かさなければ糖は余り、血糖値が上がりやすくなります。本来はインスリンが働いて糖を細胞に取り込みますが、運動不足が続けば膵臓のインスリン分泌機能は疲弊し、やがて糖尿病へと進行します。糖質を控えることよりも、筋肉を動かして糖を燃やすほうが、はるかに重要な対策です。