三島の孫が持っていた「写真」

琴の上の弟は歯科医に、下の弟は和服絵師として身を立てた。琴の娘である牧子は1928年生まれ。琴の再婚に前後して、三島の養女となる。三島が亡くなったあと、琴はカルピス社の関連会社である三島食品工業の社長を務めた。

「祖父は『内と外に怖い女がいる』と語っていました。内が祖母で、外が秘書の酒本さん。祖父は空爆でケガをして、戦後しばらく働けなかった。その間食べさせてもらっていたから頭が上がらなかったのかもしれません。うちの祖母は、石井光次郎の奥さんと娘さんの3人で喫茶店を経営して、働けない夫たちを支えたんですよ」

清廉な保守政治家と呼ばれた石井光次郎は、衆議院議長も務めた人物だ。三島は杉村楚人冠を通じて、朝日新聞社に勤務していた石井と知己をえている。戦後、公職追放された石井の妻子と琴は、有楽町で「マロン」という喫茶店を経営した。のちに三島は、妻の働きがなければ、私もどうなっていたかわからない、と琴への感謝をたびたび記している。