▼坂之上洋子さんからのアドバイス
私は毎月、これ以上は稼がないようにしよう、というラインを決めています。年単位だとぼやけるので、月単位で明確にしています。それ以上は本当に求めない。以前、ベンチャー企業からストックオプションでかなりの額を提示され、雇いたいと申し込まれたことがありました。でも、断りました。まわりはものすごく驚いていました。
大金がもらえるなら、3年ぐらい我慢すればいいと考える人もいるかもしれません。それでも、家族のために何かを犠牲にしたり我慢することができるかもしれませんが、お金のために我慢はしたくありません。私はその3年を、非営利団体のブランディングを中心に、自分の好きな仕事に費やしました。いま、オファーをいただいた会社も成長して、私も成長して、お互いを尊敬できる関係が続いています。
私がお金と仕事のバランスを考えるようになったきっかけは、母の死です。私は20歳のときに母をがんでなくしました。母が入院していたがん病棟には、ほかに6人の患者さんがいました。なかには幼い子供を持つ若いお母さんもいた。でも年齢に関係なく1人ひとり、姿が病室から消えていく。
それでも若かった私は、なぜか自分の母だけは死ぬはずはないと、心のどこかで思い込んでいました。母が病院のパイプベッドのうえで息を引き取ったときの感覚が、いまの自分を形づくったことは間違いありません。
一方、父は高卒ですが、会社を興し、1代で売り上げ50億の企業へと育て上げた起業家でした。ただ、父は仕事に忙しく、母のそばに充分にいる時間がなかったように思います。それでも最新の治療を受けていた母の毎月の入院費を見たら、当然父は働かなければいけなかったのだともわかります。そのバランスのむずかしさを痛いほど考えさせられました。
会社は父のすべてでした。数年前に会社を売却し、お金が入ることになったあとは、50年近く一緒に仕事をした人と裁判になりました。お金が入らなければ裁判なんかにならなかったのに、父が若いときに一緒に夢を語りながら、笑いながら会社を成長させた仲間だったはずなのにと思いました。
父はいま田舎で暮らしていますが、あんなに親しそうだった仲間が訪れることはほとんどありません。いま父のことを本当に気にして面倒を見てくれているのは、近所の食堂のオーナーや事務員さん、植木屋さんたちです。彼らの沁みいるような優しさはお金では買えません。
米国と北京で15年以上生活後、東京へ。ブランド戦略、企業の経営戦略、NPO戦略等多方面で活躍中。建築デザイナーとしての受賞歴を持ち、「Newsweek」の世界が認めた日本女性100人の1人。著書に、人気のtweetを集めた『結婚のずっと前』。
(図版※注:gooリサーチとプレジデント編集部の共同調査により、「時間とお金」に関するアンケートを、2011年11月15~17日の期間で実施。個人年収500万円台と1500万円以上のビジネスパーソン計613人の有効回答を得た。)