もともとは天才少年

兵学では驚くほどの才能を見せました。明倫館で山鹿流兵学についてはじめて講義したのは、わずか数え9歳のときで、それ以降は毎年、明倫館で教えるようになりました。また、数え11歳のとき、藩主の毛利敬親の前で『武教全書』を講義し、15歳のときもふたたび講義し、ともに激賞されています。

さて、松陰はどんなことを教えたのでしょうか。松陰を祀る松陰神社(現存する松下村塾はその境内にある)が選んだ「吉田松陰語録」をいくつか見てみましょう(現代誤訳もそこから拝借します)。

「天下に機あり、務あり。機を知らざれば務を知ること能わず。時務を知らざるは俊傑に非ず」(この世の中に生じるできごとに対処するには適切な機会があり、それに応じた務めがある。適切な機会がわからなければ、時局に応じた務めも知ることが出来ない。それぞれの場に応じてなすべき仕事できないようでは、才徳のすぐれた人とはいえないのである)

つまり、ここぞという機会を逃すようではすぐれた人物ではない、と断じています。