愛子さまとの「比較」が止まらない理由
さらには、天皇御一家への視線の変化もかかわっている。
2004年(平成16年)の記者会見では、皇后陛下について「雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と天皇陛下が悲鳴をあげるほどに、天皇御一家への当たりがキツかった。
愛子さまの2022年(令和4年)の記者会見を絶賛する意見は、インターネット上に散見されるものの、20年ほど前には、とても想像できなかったに違いない。皇室に関する世論は、かくも移り変わり続けている。
今回の悠仁さまの会見を、2022年の愛子さまの姿と比べて、優劣をつける、そんな意図は、私には毛頭ない。
しかし、2人の若い皇族による、ともに初めての記者会見を重ねあわせるな、というほうが難しいのではないか。どちらが落ち着いていたのか、とか、皇位を受け継ぐのにふさわしいのはどちらなのか、といった、下衆の勘繰りを禁じるのは無理ではないか。
皇室典範を整備しない限り、悠仁さまと愛子さまの不毛な比較は終わらない。なぜなら、そうした声が渦巻いているとしたら、その責任は、ひとえに政治にあるからである。
根源にあるのは、政治の「思わせぶり」
平成の終わりは、上皇さまが「退位の意向が強くにじんだお気持ちを表明され」たことに始まる。NHKのこの表現にみられるように、天皇は立場上、みずからの地位について率直な思いを表明できない。あくまでも「お気持ち」を、まわりが拝察しているにすぎない。
ただ、このお気持ち表明をきっかけにした退位、そして、令和への代替わりにあたって、皇室典範特例法が定められ、国会では「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」を検討する「附帯決議」が衆議院・参議院ともにおこなわれ、有識者会議が設置された。
2017年(平成29年)のその決議から7年以上が過ぎ、平成から令和への代替わりから6年が過ぎようとしている。有識者会議の報告からですら3年以上がたったのに、いまだに「安定的な皇位継承」について意見を集約できていない。
その間に、「愛子天皇」を望む声は高まるとともに、悠仁さまへの世論の風当たりは厳しくなるばかりだった。「安定的な皇位継承」についての検討は、すなわち、「愛子天皇」をはじめとする「女性天皇」、さらには「女系天皇」への道を開くものと期待されたからではないか。
つまり、立法府が、いまの皇室典範が定めている皇位継承順位とは別の可能性を示唆するかのように、世間に思わせぶりな態度をとり続けた。「男系男子のみ」を続けるのか、それとも「男女を問わず長子優先」に変えるのか。結論を出さないからこそ、悠仁さまと愛子さまを比べる声がやまないのではないか。