花魁はアイドルでありスターだった

ところで、吉原にはもっとも多いときで約6000人もの女郎がいたというから、ガイドブックでもなければ歩き方もわからない。

『吉原細見』には、どんな見世(女郎屋)があり、そこにどんな女郎がいて、それぞれの揚げ代(遊ぶのにかかる費用)がいくらで、という情報がみな掲載され、かゆいところに手が届いていた。見世の格も、女郎の階級も、最新の情報が一目見てわかるように記号化されていた。

ただ、情報はすぐに古くなるので、毎年正月と7月の2回、改定して新版が出された。そのたびに見世の廃業や新規開業、女郎の廃業や新規出し、出世などがあるので、それらを1軒1軒、1人1人調べる必要がある。それは「改」の重要な仕事だった。