大学で実績を出せても卒業後にさらに活躍できるとは限らない。箱根駅伝で総合優勝した青学大の若林宏樹選手は5区区間賞をとり、1カ月後の初マラソンでも周囲を驚かせる快走を見せた。しかし、本人は競技をやめて日本生命に入社し、ビジネスパーソンの道を歩むと決めている。スポーツライターの酒井政人さんは「実業団で競技を続けていいのは、箱根で力を出し尽くした後も自分の心の中に“絶対に譲れない野望”がある人だけだ」という――。

箱根駅伝連覇・青学→日本生命で引退するは「もったいない」か?

人生を変える“快走”になるのだろうか。

正月の箱根駅伝5区の山登り。見事な走りで区間新記録を打ち立てて青山学院大の連覇に貢献した若林宏樹(洛南高校出身、4年)が「ラストラン」として臨んだ2月2日の別府大分毎日マラソンで驚くべき結果を残した。1カ月という短い調整期間にもかかわらず、2時間06分07秒で全体2位。初マラソンで日本最高、日本学生新、日本歴代7位という記録づくめだった。

両手を広げてゴールに飛び込むと、その場に倒れ込んだ。宣言通りの“全力疾走”で、9月に開催される東京世界陸上の参加標準記録(2時間06分30秒)も突破した。

2025年2月2日、日本勢トップの2位でゴールする若林宏樹。初マラソン日本最高の2時間6分7秒をマークした=ジェイリーススタジアム
写真提供=共同通信社
2025年2月2日、日本勢トップの2位でゴールする若林宏樹。初マラソン日本最高の2時間6分7秒をマークした=ジェイリーススタジアム

「想像をはるかに超えるタイム」に笑顔をこぼした若林。レース後のインタビューでは、「(中学時代から始め)10年間続けてきた陸上生活の有終の美を飾れたなと思います。初めてのマラソンだったのでひたすら長いなって感じだったんですけど、声援の『ありがとう』という言葉で救われました。山あり谷ありの陸上人生でしたが、最後まであきらめずに走り続けて本当に良かった。やり切ったなと思います」と初マラソンに自身の競技人生を重ねて振り返った。

若林は青学大を卒業後、大手生命保険会社・日本生命に一般就職する予定。テレビ中継で解説をしていた日本陸連の瀬古利彦ロードランニングコミッション・リーダーから「これで本当に終わるの? 世界陸上に選ばれるかも」と質問を受けると、若林は「本当に終わります」ときっぱり口にした。

同様にテレビ解説を務めた恩師である青学大・原晋監督は瀬古リーダーに対して「余計なことは言わないでください。日本生命で、原監督のようなカリスマ営業マンを目指して頑張りますから」と話した。

レース後の記者会見でも「たとえ世界と戦える結果であっても競技には区切りをつける」と改めて現役引退を強調した若林。SNSでは「やめないでほしい」という投稿が相次ぎ、その“引き際”が注目されている。

なお、若林が入社予定の日本生命は男子100mの元日本記録保持者である桐生祥秀が所属している。陸上とはゆかりのある企業だけに、「もし日本代表に選ばれたら会社と相談します」と若林自身も9月開催の東京世界陸上まで現役を続行する考えがあることを明かしたが、会社も後押しするのではないだろうか。ただ、世界陸上に出場したしても、若林はスパッと引退しそうな雰囲気が漂っている。