エリスのモデルになった女性
実際の鷗外もドイツで交際した女性と別れ、官僚として生きていくことになる。
留学を終えた鷗外が横浜に帰港してから4日後の1888(明治21)年9月12日、この女性が横浜港に到着した。エリスのモデルとされるが、鷗外の日記や書簡に彼女の名前や素性は記されていない。多くの研究者らがエリス探索を長年続けて来たが、ドイツ在住の作家・六草いちか氏によって特定された(六草、2011年)。
ベルリンの州公文書館や教会公文書館に残る当時の文書を調査した結果、1866年生まれで現・ポーランド領のシュチェチン出身のエリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルトと判明したのだ。
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