森鷗外は小説『舞姫』で若い官僚とドイツ人女性・エリスとの別れを描いた。鷗外が官僚として取り組んだ事業について研究する野口武則さんは「鷗外の実体験と重なる部分も多い。史実では、モデルとなった女性は鷗外を追って来日している」という――。(第1回)
※本稿は、野口武則『宮内官僚 森鷗外 「昭和」改元 影の立役者』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
『舞姫』から読み解く青年・森鷗外の心境
1890(明治23)年1月、28歳になる鷗外が初めて発表した小説『舞姫』は、ドイツ留学から帰国途上の若い官僚が、ドイツで交際した女性・エリスとの別れを回想する手記である。主人公・太田豊太郎のモデルは、鷗外が留学先のドイツで出会った別の軍医とされるが、鷗外の実体験と重なる部分も多い。豊太郎を通じ、自身の心境を小説の形を借りて表現したと言える。
現地で過ごすうち新たな価値観に触れ、自由な精神とエリスとの恋愛を手に入れたと思ったのもつかの間、豊太郎は国家から逃れられない運命にあった。近代国家建設を担うことが期待された国費留学生は、国家と運命を共にすることが要請された。
嗚呼、独逸に来し初に、自ら我本領を悟りきと思ひて、また器械的人物とはならじと誓ひしが、こは足を縛して放たれし鳥の暫し羽を動かして自由を得たりと誇りしにはあらずや。足の糸は解くに由なし。曩にこれを繰つりしは、我某省の官長にて、今はこの糸、あなあはれ、天方伯の手中に在り。
「一点の憎むこころ」の意味
天方伯は当時伯爵だった山県有朋、官長は上官の石黒忠悳、天方伯と豊太郎を取り持つ友人の相沢謙吉は賀古と重なる。芽生え始めた自由の精神も確固たるものではなく、天方伯に従わず、ドイツに残ればどうなるか。不安がこう記される。
本国をも失ひ、名誉を挽きかへさん道をも絶ち、身はこの広漠たる欧洲大都の人の海に葬られんかと思ふ念、心頭を衝て起れり。
日本という後ろ盾も、官僚としての名誉も失えば、個人として残るものがあるのか。エリスとの愛に生きたとしても、広々として果てしない大都会に集まる「群衆」の一人として埋もれるだけだ。根無し草の人間となりかねない実在的な不安、自己喪失感を言い表している。豊太郎は自らの意思にかかわらず、時代や社会の要請として、再び国家に仕える道を選ばざるを得なかった。
ただ、物語はこう締めくくられる。
嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡に一点の彼を憎むこころは今日までも残れりけり。

