カナダの主要スポーツの一つが柔道だ。駐カナダ日本国特命全権大使の山野内勘二さんは「競技人口は3万人で人口比を考えれば日本に匹敵する存在感を誇る。ジャスティン・トルドー首相も少年時代に通っていた」という――。

※本稿は、山野内勘二『カナダ 資源・ハイテク・移民が拓く未来の「準超大国」』(中公新書)の一部を再編集したものです。

カナダ国会議事堂
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100年余におよぶカナダ柔道の歴史

カナダはスポーツ大国だ。

広大な大地が提供する多様な環境、世界中から受け入れている移民、先住民の伝統が織りなす多彩なスポーツが愛好されている。国技と目されているのが、アイスホッケーとラクロス。サッカー、アメリカン・フットボールに似たカナディアン・フットボール、バスケットボールが人気だ。さらに野球、クリケット、テニスなども盛んである。

そして、柔道も競技人口3万人を誇るカナダの主要スポーツの一つだ。日本の競技人口が約12万人なので、人口比を考えれば、柔道の母国、日本に匹敵する存在感を誇る。100年余のカナダ柔道の歴史は、日加関係とも重なる。

鳥取出身の佐々木繁孝は、19歳の時、BC州バンクーバーに移住。1922年のことだ。商店の店番をしながら経営学を学び未来を夢みていた。実は、12歳から柔道を始め、2段の腕前。鳥取県のチャンピオンになり、米子高校で柔道を指導した経験もあった。

24年、佐々木はバンクーバーのダウンタウン、パウエル通りに、ザ・バンクーバー・ジュードー・クラブ「体育道場」を設立した。嘉納治五郎が始めた柔道の二つの基本、「精力善用」と「自他共栄」を実践する場とした。道場には多くのカナダ人が通い始め、佐々木と彼の弟子たちは、BC州各地に支部を開設。多くのカナダ人が入門する。

4人の五輪選手を輩出している「タカハシ道場」

32年には、バンクーバー警察の訓練科目として、ボクシングとレスリングに代わり柔道が採用される。この年、ロサンゼルス・オリンピックの日本選手団を率いた嘉納治五郎は、日本への帰途、バンクーバーに立ち寄り、佐々木らを激励。体育道場に「気道館」という名称を授けた。近代柔道の創始者のお墨付きを得て、カナダ柔道は一層発展する。佐々木は、Shigetaka “Steve” Sasakiと呼ばれ、「カナダ柔道の父」と目されている。

BC州から始まったカナダ柔道は、首都オタワでも大きな存在感を示す。その拠点となっているのが、日系カナダ人2世の柔道家マサオ・タカハシ8段(当時4段)が69年に立ち上げたタカハシ道場だ。全国的なカナダ柔道の発展に顕著な役割を果たしている。

タカハシ道場の畳から、これまで4人のオリンピック選手、18人のカナダ・チャンピオン、「カナダ柔道の殿堂」入りした柔道家5人を輩出しているのだ。

特筆すべきは、ピエール・トルドー首相が現役の首相時代に、タカハシ道場で汗を流したことだ。柔の技と精神が、心身ともにきわめて過酷な負担を強いられる長期政権を支えたと言っても過言ではない。