※本稿は、山野内勘二『カナダ 資源・ハイテク・移民が拓く未来の「準超大国」』(中公新書)の一部を再編集したものです。
ラピダスと組むカナダのスタートアップ企業
現在、AI(人工知能)は加速度的に進化し、医療、金融、自動車、家電、小売業、教育、交通、天気予報、エンターテインメント、農業、さらには国防など社会のあらゆる局面で活用されている。そして、AIを効率的に活用するためには、用途と分野に応じて、個々のAIに特化した専用の半導体が不可欠だ。AI半導体の世界市場は、2022年の442億ドルから、27年には1194億ドルと、5年で2.7倍に拡大すると見込まれている。
そんな中、24年2月、ビジネス関係者が注目する大きなニュースが流れた。日本の半導体産業の未来を賭けたラピダスとカナダのスタートアップ企業テンストレントが最先端のAI半導体の開発について連携すると発表したのだ。
ラピダスは、22年8月に、ソニーグループ、トヨタ自動車、デンソー、キオクシア、NTT、NEC、ソフトバンク、三菱UFJ銀行の日本の大手企業8社が出資して設立されたオール・ジャパンの新しい半導体製造会社だ。日本政府も3300億円の開発費を拠出している。その背景には、日本はかつて世界のシェア5割を超える押しも押されもせぬ半導体大国であったものの、19年には世界シェア1割にまで縮小した日本の半導体産業を復権させるというヴィジョンがある。また、現在、最先端の半導体は量産できる国が限られており、地政学リスクやサプライ・チェーンの混乱に脆弱性を抱えている中、経済安全保障の観点からもきわめて重要だ。
アップルで活躍したエンジニア率いる半導体設計会社
そこで、ラピダスは、2ナノ・メートル(ナノは10億分の1)という史上最小の半導体を世界に先駆けて量産する目標を掲げている。そのきわめて野心的な計画の最重要パートナーとして選ばれたテンストレント社は、アップルのプロセッサー開発を率いた伝説のエンジニア、ジム・ケラー氏がCEOを務める半導体設計会社だ。AIに不可欠な膨大な計算を超高速で行うCPU(中央演算処理装置)を開発する役割を担う。
日本の国家的な起死回生の核心をカナダのスタートアップ企業が担うというのは、示唆に富む。というのも、カナダの科学技術分野での力量は、突然降って湧いたものではなく、それぞれの時代のハイテク、最先端の技術を担ってきた歴史があるからだ。
時を遡って、19世紀。当時の最先端通信機器の電話について見てみよう。電話は、イタリア人アントニオ・メウッチが1854年に発明した説が有力である。しかし、実際に長距離で会話が可能な電話機を実現したのは、グラハム・ベルだ。ベルは1847年、スコットランドのエジンバラ生まれ。1870年、23歳の時にカナダに移住。オンタリオ州ブラントフォードに居を構える。近所に住む先住民モホーク族の名誉酋長になるなど、カナダの社会に溶け込んだ。
自らの仕事場の周辺の土地を「夢見る場所」と呼び、電気と音声について研究と実験を本格化させる。そして、1876年3月、電話の技術で米国初となる特許を取得。同年8月3日、地元オンタリオ州ブラントフォードの基地局と8キロ離れた商店との間で、世界で初めて長距離電話での会話を実現させる。