田安賢丸の微妙な立場
一方、「べらぼう」第3回では、寺田心が演じる田安賢丸の養子縁組問題も、並行して描かれた。この問題が蔦重や吉原とどう関係があるのか、いまは見えにくいと思うが、じつをいえば、この問題はゆくゆく吉原の景気や蔦重の命運にも影を差すことになる。
田安賢丸はのちの名を松平定信という。老中筆頭として江戸三大改革の2番目にあたる寛政の改革を主導したあの人物である。では、なぜいまは田安姓なのか。
田安家は8代将軍吉宗が三男の宗武に、江戸城北の丸内の屋敷を宛がったことからはじまった。宗武は徳川姓を許されたが、屋敷が江戸城田安門内にあったので、田安徳川家といわれ、たんに「田安家」とも呼ばれた。ちなみに田安門とは、日本武道館に行く際に通る門で、当時の建造物が現存している。(拙著『カラー版 東京でみつける江戸』平凡社新書より)
ここから先は無料会員限定です。
無料会員登録で今すぐ全文が読めます。
プレジデントオンライン無料会員の4つの特典
- 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信
- 約5万本の無料会員記事が閲覧可能
- 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能
- 記事をブックマーク可能
