復元に際して最大の難問
このように記すと、予算等の問題をのぞけば、復元への障壁はさほどないように感じられるかもしれない。だが、じつは、別種の問題がある。それは、今日まで残されている江戸城の天守台には天守が建ったことがない、という歴史的事実である。
天守の焼失後、幕府の命で前田綱紀が天守台を再建したという話は先に書いた。石垣の築石が火災の際に焼けただれたため、いったん天守台を撤去し、まったくあらたに石垣が積まれたのである。
焼失した天守とほぼ同規模で再建する計画だったので、あたらしい天守台の平面の面積は、撤去されたものとほとんど変わらなかった。しかし、高さは違った。家光の天守台は七間(14メートル弱)あったが、再建されていまに伝わる天守台は六間(約12メートル)しかない。約2メートル低いのである。
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