年収の壁がなくなって支出が増えても、長期的に見れば…

――ただ、パートタイムで働いている女性自身が、労働時間を増やし夫の扶養から外れることを避ける傾向もあります。

【上野】配偶者控除の壁の中にいるのは、自己選択だという理屈ですね。「もし、あなたに正社員のオファーが来たら受けますか」というアンケートに、パート労働者の多数派がノーと答えてきたことから、パート就労は女性自身の選択だと政府は言ってきました。正社員になったとたん、残業や異動がある。それを避けたいという動機からです。正社員の働き方が問題なのです。

また、いったん制度ができあがると既得権益層を作りだすので、現状でトクをしていると思っている人、社会保険料や税金を払わなくていい立場を捨てようとは思えない人も多いでしょう。しかし、それで守られる「利益」は、ほんの目先だけのこと。20代からずっと正社員でいた場合と、中断再就労してパートタイムで働いた場合の生涯賃金の差は2億円とも言われます。たとえ現在40代以上でも、将来受け取る年金の額を考えると、今からでも収入を増やしておいたほうがよいでしょう。短期的には利益と見えても、長期的には不利益になります。

それなら、娘の世代にも昭和型の生き方を選ばせるかというと、今の若い女性の働き方や、「専業主婦にはならない」という女子学生の考え方を見ると、その答えはもう出ていると思います。

――もしパートからフルタイムになったら、住民税と所得税を払い、健康保険と年金の負担もかかり、夫の配偶者特別控除もなくなる。それでは「働き損」だと考えると、心理的なハードルは高いですね。

そのとおり、税制・社会保障制度が崖のような段差を作ることで、主婦自身が、壁の中にいたほうが有利だと思わされているんです。でも、その結果、女性は働いても低賃金で貧乏、その結果、老後も低年金で貧乏、一生ずーっと貧乏という樋口恵子さんのいう「BB(貧乏ばあさん)」になりかねません。

社会学者の上野千鶴子氏
撮影=市来朋久
社会学者の上野千鶴子氏

夫の遺族年金を4分の3もらえるという昭和型の「妻の座」権保障

――妻の収入が低くても夫に扶養してもらい、老後も一緒に年金をもらって最後まで生活できるという考えも、中高年層ではいまだに根強いようです。

【上野】昭和型モデルですね。たしかに夫が死んでも、遺産も妻の取り分が2分の1に増えましたし、遺族年金も2分の1から4分の3に増えました。でも、これは女性の人権保障じゃないんです。私はこれを「妻の座」権保障と呼んでいます。たとえ夫との生活がイヤになっても、この制度は熟年離婚を抑止する効果があります。国は「あとちょっとの辛抱だから、夫を最期まで看取ったほうがトク」と言っているわけです。