幕末の外観が正確に再現された
第7位は会津若松城(福島県会津若松市)。戊辰戦争の激戦地となった若松城は、明治7年(1874)にすべての建造物が取り壊された。天守は大砲を被弾しながらも、構造上のダメージは最小限だったが、明治政府は「抵抗勢力」のシンボルだった会津若松城を残すことを許さなかったのだ。
それだけに天守再建は会津の人たちの悲願で、昭和32年(1957)の戊辰90周年記念祭を機に再建熱が急上昇。東京工業大学の藤岡通夫教授の設計で、昭和40年(1965)に外観復元された。
天守台は文禄元年(1592)に蒲生氏郷が築いたが、そのときの天守は慶長16年(1611)の地震で損壊。その後、同じ天守台に規模を縮小して建てられ、明治まで維持された。上層ほど小ぶりな層塔型(五重塔のように、同じ型の床面を規則的に小さくしながら積み重ねる構造)の五重天守で、明治初期の鮮明な古写真が複数残っていたのが幸いした。文献資料等も参照し、鉄筋コンクリート造ながら外観がていねいに再現された。
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