初動捜査の致命的なミス
「あの種の恐喝事件は、金の受け渡しの時に犯人が逮捕されるというパターンが多いですから。犯人側にすれば、金の受け渡しはどうするか、金は要求しただけ出るとも限らないから、まずは多めにふっかけておけばいいとか、いろんなことを考えて要求したんでしょう。あの時も『現金10億円と金塊100キロ』なんて途方もない要求でしたからね。
犯人グループは警察捜査の裏を読むというか、そういうことがわかっていた連中で、ある意味『商売人』だったんだろうなと思います。少し知識のある人間だったら、警察無線の傍受なんか簡単にできることも知ってるでしょう。
警察は自分たちがやっている科学捜査は、犯人には全く知られていないとか、そもそも捜査をかく乱できるような連中じゃないと思っていたんでしょう。事実、江崎社長を真っ裸にして放り出したりするような結構手荒いタタキ(強盗事件)でしたからね。
でも、それは明らかに初動捜査の見込み違いだった。犯人はかなり知的水準の高い人物という見立てでやっていれば、また違った局面になってたんだろうと思いますね。別にグリ森事件に限った話ではないけど、初動捜査のミスがずーっと後まで響いたわけですね。」
大阪府警「犯人像は4つのルートに絞っている」
《(大下・注)実は、小早川茂もまた「キツネ目の男」に疑われたのである。
今回、筆者は小早川にインタビューし、証言してもらった。
(編集部註:小早川茂は、バブル期に暗躍したフィクサー。崔茂珍(韓国名)。柳川組元組長・柳川次郎氏の後ろ盾を得て様々な事件にも関与。戦後最大の経済事件「住銀・イトマン事件」にも関係し、背任に問われ懲役2年の実刑判決を受ける)
〈オレは、グリコ・森永事件から十年後にイトマン事件で取調べを受けていた。大阪府警二課による取調べが一段落した後、なぜか大阪府警一課の捜査員が三人、拘置所にやってきた。
捜査員がいきなり言うんだ。
「小早川さん、114号事件で助けてほしい」
取調べ室の机の上に一メートル近い高さのグリコ・森永事件の資料を積み上げて、オレに迫った。
「あなたが、犯人でしょう」
彼らは、大阪府警捜査一課の捜査方針を口にした。
「犯人像は、4つのルートに絞っている。1に在日韓国人、朝鮮人、2にマル暴関係者、3に過激派。4に部落関係者だ。おまえは、1も2も3の過激派まで3つも適合しているじゃないか」
最初の1の在日韓国人、朝鮮人というのは、江崎社長の身代金に金塊を要求するのは、外国人の証拠である。手口も、金大中事件によく似ているというんだ。大韓民国の民主活動家で政治家の、のちに大統領となる金大中が、韓国中央情報部(KCIA)により日本の東京千代田区のホテルグランドパレス2212号室から拉致され、船で連れ去られた。ソウルで軟禁状態に置かれ、五日後にソウル市内の自宅前で発見されたという事件だ。