手に入る学歴は同じでも競争が長くなっている

【西田】今は小学校2年生くらいから始めないと間に合わない、と業界に煽られますからね。その意味では僕も安田さんの意見に同意するところがあって、我が家では子供ふたりとも「受験したい」と言い出したのでサポートしているものの、実際に経験してみると、中学受験はコストベネフィットが非常に低いと感じます。もちろん、人生は必ずしも費用対効果だけではありませんが、例えば家族で旅行に行ったり、習い事や子供らしい時間を過ごすことも、そのときにしか得られない大切な価値でしょう。中学受験に時間を取られるとお金だけでなく、子供時代だからこそできたかもしれない経験の機会と時間の両方が奪われてしまう。

【安田】そうなんです。そこで例に出したいのが、「地位財」という概念です。英語では「positional goods」と言い、他者と比較して自分の社会的地位や優越性を示すために消費される財のことを指します。地位財のような相対的価値に基づく豊かさは限られているので、それを人々が求める競争が激化します。例えば、iPhoneの新作発売時に多くの人が行列をつくるでしょう。iPhoneの数は限られていて、早く並ばないと手に入れられません。中学受験も同じで、一種の地位財的な競争に近くなっている気がします。椅子の数が限られていて、誰かが早く準備を始めれば他の人も競争に加わらざるをえない。その結果、競争がどんどん前倒しされ、以前なら1~2年前から準備すればよかったものが、今ではもっと早くから準備を始める必要が出てきてしまった。どれだけ長く受験勉強しても合格後に受けられる教育の価値は変わらないのに、競争から抜けられないんですよね。

【西田】僕は一貫して携帯はソニー、時計はカシオですけど、確かに周りがiPhoneを欲しいと言って並んでいる、つまりは中学受験をしていると、子供はどうしても影響を受けますよね。それで子供自身が「中学受験をしたい」と言い出したら、親は「やめろ」とは言い難い。しかも、うちがそうだったのですが、兄弟がいると「自分も塾に行きたい」と下の子が言い出すんですよ。そうなると、上の子がやっているのに、下の子だけ「NO」と言うのも不公平ですし、気がついたら中学受験の熱がどんどん過熱していくんだなと実感しています。怖い!(笑)

【安田】iPhoneを手に入れるために多少は並ぶことも理解できるけれど、以前は数時間並べば手に入ったものが、1日、2日並ばなければならない、という状況をどう考えるかですね。並ぶ時間はすごく長くなっているのに、手に入るものは同じなのですから。また、中学受験はさきほど西田さんが言ったように、まさに「機会費用」の問題でもある。受験勉強に時間を費やすことは、他の遊びや学びの機会を犠牲にすることを意味します。もちろん、私立中学に進学すれば高校受験がない分、中学生活を有意義に過ごすことができるかもしれませんが、それでも小学生時代の3~4年をそのために費やすべき「価値」があるかどうかは、よく考えたほうがいい問題でしょう。

【西田】加えて、親が「中学受験に失敗したら人生が大変になる」という強い不安を抱えていたりすると、競争を激化させる要因になるのかもしれませんね。大学教員をしていると、大学入試や教育環境が大きく変わってきていることを実感します。一般入試が大学に入る王道ではなくなりつつあります。しかし、親の世代にはその変化が十分に伝わっていないという印象です。