真冬に冷水風呂に入れられる虐待を受けていた
私は実際に彼の話を聞く機会を得ました。そこで彼が話していたのは、おおむね次のようなことです。
「ケースワーカーさんに『一度、相談してみて』と何度も言われたのが面倒臭くて来ましたけど、相談したからってなんなんすか?」
「あなたのことが心配だったみたいですよ」
と私が言うと、彼は軽く笑って、
「心配ねぇ。――別にいいっすよ、そんなの。そのエネルギーを他の人に充ててください」
私は、彼を理解する上のヒントになればと、幼少期からの生育歴を聞き取りました。彼は素直に聞き取りに応じ、以下のようなことがわかりました。
父親は酒を飲んで暴れる人だった。その父親が入り浸っているスナックの女性を妊娠させて家を出て行ったのをきっかけに、今度は母親が彼に暴力を振るうようになった。真冬に冷水の張られた浴槽に入るように命じられ、それに従った。
「わかります? じっとしていると自分の体温で体の周りの水が温まってくるんですよ」
「人生、もういいか」と思うようになった
父親が出て行ったのは「あんたのせいだ」と言われて煙草の火を背中に押し付けられたこともある。小学校の健診のときに傷を見られて虐待が露見し、一時保護所に入ったが、やがて自宅に戻ることになった。「母親は人前で取り繕うのは上手いから」児相相談所の人は騙されたのだと言います。これで虐待がなくなったわけではなく、中学生になるまで断続的に暴力が続いた。
「自分の体が大きくなってからは母親に反撃できるようになったから、攻撃されることは減った」。そして中学校を卒業すると、周囲が当たり前のように高校へ進学するのを尻目に、自分は上京して、やがてホストクラブで働くようになった。希望を持って足を踏み入れたが「汚いところばかりを見てきた」。そして、仕事を辞めて「生活保護を受けながら人生を立て直そう」としたが「もう、いいか」と思っている――。
そんなことを、淡々と語るのでした。
事前に目を通しておいた「保護開始時の記録」と、彼が言うことに相違ありません。だから彼が4年前と同じ作り話を、いま私の目の前でしているとは思えませんでした。
彼は苛烈な虐待を受けてきて、そこから逃れるように家を出て、人生の再起を図ったけれども、もう疲れ切ってしまったかのように私には感じられました。