生きているのに「死臭」がした
いま思うと、あの抑揚のない、どこか遠くを見つめながら話す荒涼とした様子から感じられたのは「死臭」だったのだとわかります。
病棟で働く看護師さんなどは、死期の近い患者さんから独特のにおいが発せられていると感じる方もいるようです。それは、癌などの病気で内臓機能が落ちていることによる口臭・体臭だったりするのでしょうが、ここでの意味は実際に臭いがするという意味ではなくて、その場から死の雰囲気が滲み出ているという意味です。
その後、また次週も来談してほしい旨を伝えました。約束しておかないと、もう二度と会えないと感じたからです。彼は「また来ればいいんですよね」と、来談することを了承してくれたのですが、しかし彼が再び現れることはありませんでした。数日後に自宅を訪問したケースワーカーが、ゴミが入った白いビニール袋に赤黒くなった血を吐いて息絶えている彼を発見したのでした。
「寿命を縮めるための」飲酒・喫煙のせいなのでしょうか。生前の彼はかなり痩せていて、見るからに不健康そうでしたが、福祉事務所からの検診命令(註:受給者の健康状態の把握のために、医療機関での検診を命じること)を拒み続けていたのです。「健康になったら、寿命が伸びちゃうじゃないですか」と言っていたと、後にケースワーカーが教えてくれました。
検死の結果では病死と判断されましたが、心理的には自殺に近い状態でしょう。
セルフネグレクトとは、つまり「緩慢な自殺」なのです。
ゴミ屋敷の成り立ちは疾患によって異なる
近年、孤独死が増えていると言われています。動画サイトには、その凄惨な「孤独死部屋」の様子を映し出すものもあります。その多くはゴミ屋敷化していて、いかに不衛生かに注目が集まりがちですが、よくよく内容を観察すると、本連載で述べてきたように、疾患によって成り立ちが異なるのもわかります。
中でも今回取り上げた④セルフネグレクトによるゴミ屋敷には、人生への希望のなさが関係しているのです。先行きの希望がなければ、部屋を掃除していくことの意味も、心地よさを求めることの意味も、失っていくのです。
見た目にだけ注目が行きがちなゴミ屋敷問題ですが、精神疾患から心の傷まで、背景はさまざまなのです。