運転免許の自主返納を推進すべき科学的根拠はあるのか
2019年の当時87歳のドライバーによるいわゆる「池袋暴走事故」をきっかけに、高齢者による交通事故が社会問題化し、近年では高齢者の運転免許を自主返納すべきだ、という風潮が強まっている。
しかし、地方ではクルマに乗れなければ生活利便性が著しく低下する地域も多く、自主返納をためらっている高齢者も多い。
実は、高齢者の交通事故や運転能力に対する研究は進んでおり、認知症の高齢者に対する免許取り消しの制度なども整備されているため、高齢者が積極的に運転免許を自主返納する必要はないことが分かっている。
参議院の委員会等における議案審査など広く議員活動全般を調査面で補佐するために設置された参議院調査室が、参議院議員向けに発行している「経済のプリズム」という調査情報誌がある。そのNo187(2020年5月発行)には「高齢者の運転は危険なのか(執筆者:星正彦)」という報告が掲載されており、「高齢ドライバーの運転が他の年齢層に比べて特段危険だというわけではない」とされている。
「衝突相手の死傷リスクは他の年齢層と同等」という研究結果
筑波大学が2023年10月に発表した「高齢運転者が事故を起こすリスクは若年者よりも低い」(研究代表者:市川政雄教授)でも、「死亡事故においては、運転者が高齢であるほど、単独事故により運転者自身が犠牲になることが多く、歩行者や自転車が犠牲になることが少ないことが分かりました」「高齢運転者は自身の事故で自らが犠牲になる場合が多いものの、事故リスクは若年運転者と比べ低く、衝突相手の死傷リスクは他の年齢層と同等であることが示唆されました」と指摘されている。
つまり、高齢者が自動車を運転することに特段大きな社会的リスクがあるとは言えず、高齢者の免許返納を積極的に推進する理由があるとは言えない、ということなのだ。
国立研究開発法人国立長寿医療研究センターが運営している運転寿命延伸プロジェクト・コンソーシアムのホームページには、「単に高齢というのみで運転を中止すると、生活の自立を阻害したり、うつなどの疾病発症のリスクを高め、寿命の短縮にもつながることが多くの研究で確認されています」「運転を中止した高齢者は、運転を継続していた高齢者と比較して、要介護状態になる危険性が約8倍に上昇する」「運転をしていた高齢者は運転をしていなかった高齢者に対して、認知症のリスクが約4割減少する」と記載されている。