リソースを生む人とそれを頂戴する人
人類の技術や社会構造の劇的な変化がなくなり、「進歩」に参加できなくなった知性は、人びとの日々の働きから合法的におこぼれを頂戴する仕組みをつくることに邁進するようになった。むろんそういう方向に邁進する人の数が少なければ別に問題はなかったかもしれないが、人間の寿命がここまで長くなってしまったのは想定外だった。人がなかなか死なない一方で、生産活動に尽力して「おこぼれ」を生み出してくれる若者の数が将来的に減少していく状況にあっては、もはや笑い話では済まなくなってきている。
世の中に実体的なリソースを生み出す人の数と、そのリソースをこっそり頂戴する人の数(知的エリート)とのバランスが合わなくなりつつある。
知的エリートの「過剰生産」
成熟しきった資本主義社会と技術革新においては、知的エリートはむしろ資本主義や技術競争とは逆行するような態度をしばしば示すようになっている。
進化生物学者であるピーター・ターチン(*3)はこれを「エリート過剰生産」と呼んだ。社会が適切な形で包摂できる限界許容量よりも多くの知的優秀層が作り出されると、かれらは社会の進歩や発展に貢献するどころかその逆に作用しはじめる。排他的利権構造をつくったり暴力的反乱分子になったりと、政治的にも経済的にも社会的にも文化的にも不安定化をもたらす要素としての性質を強める。
ひと昔前ならば過剰生産されて行き場を失った知的エリート層は共産主義とか社会主義に抱き込まれるのが主流だったのかもしれないが、「進歩」のプラトーが迫る現代社会では、技術革新どころか世の中をひっくり返し得る新たな思想すら生まれなくなっている。共産主義や社会主義も、いってしまえば20世紀半ばまでに生み出された人間社会の画期的イノベーションの試みのひとつだ。理系のイノベーションが飛行機や宇宙ロケットなら、共産主義や社会主義は人文系のイノベーションに相当する。
(*3)ピーター・ターチン(1957~) コネチカット州立大学教授。学内では生態学・進化生物学・人類学・数学科で主に活動。クリオダイナミクス(歴史動力学)の名称で知られる、生態学・生物学に基づいた歴史研究分野の創始者。著書に『国家興亡の方程式 歴史に対する数学的アプローチ』(邦訳版はディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年)、『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』(邦訳版は早川書房、2024年)。