適切に敬語を使うためにはどんなことに気を付けるべきか。コピーライターの前田めぐるさんは「丁寧な表現にしようと気を付けた結果、敬語を盛りすぎてしまうケースがある。たとえば、病院で使われている『お痛み』や『おかゆみ』といった表現は、わざわざ『お』を付ける必要はない」という――。(第1回)
※本稿は、前田めぐる『その敬語、盛りすぎです!』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。
「ご予約様」という不可思議な呼び方
その日私は、友人が予約した店に約束より少し早く着いた。のれんをくぐり、「○○さんの名前で予約していたと思いますが」と言うと、若い店員が「ご予約様、入られましたー」と大きな声を店内に響かせながら笑顔で丁重に案内してくれた。
これはある日の体験を物語風に書いてみたものです。
ツッコミどころは、「予約したのは私ではないのに」ということではありません。一体いつから私の名は「ご予約様」に変わったのかという謎です。理由や目的を探ってみるとしましょう。
「ご予約の○○様が入られました」で他の来店客に個人名がばれてしまわないように?「予約客が入ってきたよ。ぶつからないよう気をつけて」と他のスタッフに注意を喚起するため? 他のスタッフにも予約客への「いらっしゃいませ」を促すため? 席に着くまでの短い間に私の脳裏にはいくつかの推理が浮かんでは消えました。
現にその声が響き渡ると、店内のあちこちから「いらっしゃいませー」と元気な声が返ってきました。断っておきますが、別段不快な印象は持ちませんでした。力を合わせて一所懸命もてなそうという気持ちからの「ご予約様」には違いないでしょうから。しかし、そうは言っても「ご予約様」です。ここまでくれば「お犬様」で知られる犬公方・徳川綱吉公もビックリでしょう。人でないどころか、生物でさえないのですから。
無生物で無形の「予約」に様を盛っても、最上のおもてなしにはなりえません。そもそも、案内する際に予約の有無を知らしめて区別する合理的な理由があるのでしょうか。