「習慣として定着した二重敬語」という例外

まず、尊敬語の特定形を知ることから始めましょう。

一般的な語では、「試す」を「お試しになる」のように変化させて敬語を作ります。出来上がった敬語を見ても、「試す」の尊敬語であることが一目瞭然ですね。しかし、中には全く別の語になってしまうものがあります。「おっしゃる」や「召し上がる」のような特定形と呼ばれるものです。

●いらっしゃる・おいでになる(来る・行く・いる)
●お越しになる・お運びになる(来る・行く)
●見える・お見えになる(来る)
●おっしゃる(言う)
●ご覧になる(見る)
●(召し)上がる・お(召し)上がりになる(食べる・飲む)
●召す・お召しになる(着る・風邪などをひく)
●お気に召す(気に入る)
●くださる(くれる)
●なさる(する)

「召し上がる」が尊敬語なら、それを「お……になる」の形にした「お召し上がりになる」は形の上では二重敬語です。「お見えになる」も同様です。しかし、「習慣として定着している二重敬語」として許容されているのです。つまり、下線部について、二重敬語だからNGと槍玉にあげるのは行きすぎということ。ドヤ顔で指摘すると笑われます。ご用心。

「患者様」と呼ばない病院が増えている

「患者様から患者さんへ、呼称を変更いたします」近年、あちこちの病院サイトでこんなお知らせを見かけます。少し前まで「様」付けで呼ぶ病院が大半でしたが、何があったのでしょうか。

さかのぼれば、医療サービスの向上を目指して、患者の呼び方が「患者さん」から「患者様」「○○様(氏名+様)」になったのは2000年前後のこと。呼び方で意識や接遇が変わったかというと、あまり芳しい経過ではありませんでした。

中には、「『患者様』はお客様だろう」と勘違いしてモンスター化する患者、「呼び方だけ持ち上げても患者の扱いは改善されない。第一、よそよそしい」と不満を唱える患者……など、反応も散々。病院側も、呼称を戻さざるをえなくなったようです。

もとより「患う者」である状態の人に「様」の敬称はしっくりきません。患いたくて患うわけではないのに、「患者様」と盛られても、うれしくはありません。対等であるべき病院と患者の間にも上下関係が生まれてしまいます。違和感の理由もそこにあります。

両者は共に治癒を目指す同志であることからも、患者には「患者さん」という呼称のほうがふさわしい。そんな流れもあって、患者呼称を戻す医療機関が増えてきたのです。

女性医師とシニア男性
写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです

「お痛み」「おかゆみ」の「お」は必要ない

長年むずがゆく感じてきた私も、「患者さん」に大賛成。変に持ち上げられるより、親しみやすくて好感が持てます。

前田めぐる『その敬語、盛りすぎです!』(青春新書インテリジェンス)
前田めぐる『その敬語、盛りすぎです!』(青春新書インテリジェンス)

お節介ながら、「患者さん」への改めついでに、薬局などで時々聞かれる「お痛み」「おかゆみ」「お痛み止め」も「お」をなしにしてはどうでしょう。

患者の側にしてみれば、痛みもかゆみもごめん被りたいもの。病気を患者の持ち物と見なすがごとく丁寧に表すのは、やはり盛りすぎです。

病院の待合室でそんなことを考えつつ、待つこと一時間半。ようやく順番が来ました。「57番の方、診察室へどうぞ」「はい」なるほど、番号呼びですか。最近はめったに「○○様(さん)」と名前呼びはしないようですね。個人情報保護の観点から言えば、賢明な判断です。